会員卓話

2017.1.19

年男放談

「報恩・感謝」

林猛雄

皆さんこんにちわ。今日は私に卓話の機会を与えていただきましてありがとうございます。近況報告ということで卓話に代えさせていただいきたいと思います。私も思いがけず、昨年の9月中頃でございましたか、突然電話がかかってきまして叙勲を受けられますか、受けられませんかというお電話をいただいた。即座に喜んで 拝受 させていただきますとご返事しました。その時が私もこういうふうに電話がかかってくることがよく分りまして、それから一寸してから、法務省の方から11月9日に伝達式があるのでお見えになりますか、ならんですか、返事をしてくださいと手紙が届きました。で、返事しました。11月3日に新聞で叙勲の公表があるまでは誰にも言わないようにということでした。2ヶ月間、誰にも言わないということはなかなか苦痛でございました。11月3日までは言わずにシンボでした。そしたら11月3日に新聞報道がありましたので、私は以前に自治功労賞をもらった時にお祝いの電話をいただいたのはRCの森五宏さんだけでしたので、他の人は誰もありませんから5,6件ぐらいかなと想像いました。そうしたら当日の朝、7時から夜の9時まで電話が鳴り続きまして、祝電と合わせて多数の方からお祝い しますと祝意をいただきました。やはり宇治市自治功労者と勲章はだいぶん重みが違うのかなとそういうような印象を受けました。それで、いずれにいたしましても11月9日に東京で勲章伝達式がありますのでどこのホテルへ泊まるのが一番いいかなと思いまして、同じ事ならば「帝国ホテル」に泊まりたいと思いまして予約を入れました。その時はまだ勲章をもらうというのは言えない時でした。11月8日に帝国ホテルへ行きましたら、勲章をいただきましたのでと言うたらちょっと待ってください。特例がございますとのこと。 VIPの部屋に移していただきまして、セキュリティーのある12階の皇居が見える部屋でした。廊下からセキュリティーがかかっていて、私はセキュリティーのある部屋に泊まったことは初めてでした。その上、頼んでもおらないのにフルーツセットが届きまして、叙勲お祝いしますとのこと。これは料金が大分するのかな、まあ、しゃないわなと思っておりましたらチェックアウトのときその当初の予約の値段で結構ですと言っていただいて、これはやっぱし国事行為で帝国ホテルも特別な計らいをしてくださるんやなと気をよくしました。記念写真を撮っておこうと思いまして、それはものすごく高い写真代でした。うまくつじつまが合っているんだ、トータルでは上手にできとるんだと思いました。で、ホテルからタクシーを呼びまして、公園の前が法務省なんですけれども着付けもしていかんないかんので、歩いて行ってもよかったんですけどもタクシー乗って行きました。いつもは法務省の正門はバチっと締まっていますが今日は門が開いてまして運転手さんもこの中には今まで入ったことがないということでした。そしたらタクシーでダーッと中へ入っていきますと職員が敬礼で迎えてくれるんです。そしてタクシーを降りたらまた職員さんが総がかりで歓待してくれました。私は法衣を着て行きました。下にモーニングを着まして、上に法衣、袈裟をかけたんです。そうすると職員さんがそこまでもご丁寧にしていただいてありがとうございますと言われました。まあ、二重にさしていただいたからそういうような言葉もあったのでしょう。150人ほどが叙勲者で、配偶者が150人ほど、おおよそ300人です。そこで伝達式は最初に国歌を斉唱するのです。それからおごそかに式典が始まります。我々の前には法務省の関係者、法務大臣、副大臣、事務次官、各局の局長、それから検事総長等、法務省挙げて我々の叙勲に対して更生保護に対して敬意を表していただいているんやなとそういうことがわかりまして、日本の国の司法制度、それは民間ボランティアによって支えられているんだ、今までは、そこまでの実感としてなかったんですけども、国が更生という面については民間人に託している。そして、その人の犯罪に対し、普通の民間人が非常勤公務員として罪を犯した人達に改善更生と犯罪予防とか、その人が生まれ変わり人生の新たな一歩を踏み出す助言とか、甦らす、そういう事を民間人に任せているのは日本しかない独自のすぐれた司法制度だということが私は法務省の勲章伝達式に臨みまして初めて理解しました。全国に約5万人の保護司の方が日夜、それも水面下で活動しています。私も今回、叙勲ということで近所の方は私が保護司をしていることは誰も知らなかったんです。だから長い間御苦労様でしたねと皆さんが言ってくださるのです。それほどシークレットに保護司はしているんです。誰にもわからないことが保護司の大事なことで、あの家のあの人が保護司だとわかればやはり来る人が困ります。ですので、私も世間の人が、私が保護司であるとわかりましたから、私ももうぼちぼち勇退させていただかないと来訪する人に迷惑がかかるからと思っています。それぐらい保護司は誰もわからないようにして日夜、ボランティアで更生という甦らすことをしています。

お会いしたら真に悪い人って誰もおりません。だから、よく「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がございます。これは宗教的な言葉からきています。そのことは本当なんです。悪い環境がその人を犯罪に走らしたということだけで、だいたい養育関係とか、家庭環境とか、悪い環境下故になっただけです。

そういうことで保護司を通じまして、誤って罪を犯した人たちの存在を知らさしていただいた。で、私も保護司をしたからそういう人の気持ちもわかりましたし、いろんなことが感じられました。そして保護司を助けたいということで家内が全国保護司連盟理事長賞を貰ったんですけども、それは私だけでは更生させることはできないものだということだと思っております。どの方にも私は区別なく、笑顔で私どもの応接間でございますけども、そこへ座っていただいて、うちの家内が大人の方でしたら抹茶を出して、それから和菓子を出す。

私の印象深いのは人生の大半を刑務所ぐらしと言う方が仮出所で出てこられて、抹茶をおだしすると、その方が「これは時代劇で飲むお茶ですか」というんですね。「奥さんが怖がらずに笑顔で出していただくこと」が嬉しいです。そういって涙をこぼされる。そういうこと自体がまさに「更生保護」でございます。心と心が開かれない限り、更生にはならない。それから更生というのは我々、ボランティアですることが相手も感激するんです。ボランティアですか。なんでこんなことシャハリますねんと言って相手は逆に不思議がるんです。その人が保護司との出会いの縁によって更生をしてもらう。新しく生まれ変わっていただく。このような考え方が日本の保護司制度なんです。だから世界ではめったとない珍しい制度です。それは日本の歴史的な風土とか、或いは古く言えば聖徳太子が日本の国教として仏教を定めたときから脈々としてそういう考え方が伝わってきているんじゃないか。だから刑を与えたから、罰則をしたからといって、その方は必ずしも更生はしないのでないでしょうか。ホットな心に触れる、それも民間人の善意の心に触れる。何の得もないのにこんな事をやっている。そのことでその方が感激される。それによって保護司と出会うことによって、その方が新たな人生を歩まれる。そういう司法制度だということでございます。その中で私を善悪を判断する信号機にさしていただくと言っていただいて、それは私の顔を思い出したときに赤信号ならば止まれ、やめとけ。青色なら進め。だから私の顔を思い出して善悪の判断するかということに私を基準に置いてもらっているという素晴らしい、そういうことまで言っていただいて保護司冥利に尽きるなと思った次第でございます。当クラブでも保護司を拝命されている方が数名とおられますので、今後、そういう更生保護の面でご尽力いただけたらうれしいです。ちょうど時間になりましたのでこれで失礼させていただきます。ご清聴して下さりありがとうございました。

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