地方創生と老舗

2017.2.9

地方創生と老舗

なぜ京都と日本海側に老舗が多いか

老舗ジャーナリスト

前川洋一郎

ただいまご紹介いただきました前川でございます。ロータリーの場にお呼びいただきましてありがとうございます。今日の皆様とのご縁を感謝して精一杯頑張りたいと思います。また宇治と聞けばですね、井上章一さんの京都嫌いという本が大ヒットして80万部売れたそうです。あの井上章一さんの師匠に当たる学者が私の近所におられまして、その関係で井上章一さんの話を聞くんです。あの京都嫌いの人が宇治に住んでいらっしゃるんですってね。ところが実際はあれは京都嫌いではなくして、京都が好き好き人間で結論は東京の悪口を書いているような本なんですけども、まあ、私も非常に感銘しています。と思ったら、今、井上さんは宇治におって、大阪の悪女の連載を書いているんですね、産経新聞に。大阪の女ということですね。これも読むのを楽しみにしております。

それからロータリーの職業奉仕の精神については、私はそれほど勉強はしていませんが時々こういう会合に呼ばれます。大変、敬意を表しております。この場には宇治ということで、通円さんをはじめ、沢山の先輩の方々がいらっしゃいますのであまり失礼なことは言えないのでちょっと緊張しているんですがお許しをいただきたいと思います。ロータリーは大変時間が厳しい会合でございますので1時半ぴったりと終わるようにしたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

今日はですね、森さんのリクエストもございまして、ちょっとアベノミクスの地方創生と老舗の中の、特に京都と日本海側について触れて、そこから老舗が何であるかということを勉強していきたいと思います。

まず最初に、そもそも老舗というのは何かを共通認識したいと思います、同じ土俵に登って今後お話できるように。

一つ目は

まずは100年以上、会社設立とかじゃなくて、お茶屋さんならお茶の葉をいっぱい採った、お茶を一杯入れた、と言う時から始まったと考えて起業創業から100年以上経っているということ。概ね3代以上です。

それから二つ目が

「儲かっている」、「大きい」に関係なく、日々繁盛、日々お客さんが出入りしている。それから私もこういう仕事をしていて全国を回る時、老舗に行く時に、必ずタクシーに乗ったり、駅のところで“あのお店どうですか”と評判をよく聞くんですけども。いや、あの店は大丈夫やで。あそこやったら地元のためにようやってると言われるような、やっぱり信頼があることが大事なんですね。

そして三つ目は

規模の大小とか、公開非公開、同族とかね、そういったことは一切関係ございません。個人であっても、要は会社、商店、個人事業主を含めて。

大体、東京商工リサーチや帝国データバンクでは各社の調査範囲内で2万8000軒ぐらいと言っています。100年以上の老舗。私たち学会では大学の先生方が各地の商工会議所を全部合計したり、いろいろ見ていて、だいたい5万軒と言われています。しかし私は帝国データバンクで、その都道府県、その町にある企業の中の何軒が100年以上か、いわゆる老舗出現率が全国平均2.2%なんですね。ということで掛け合わせると日本には8万数千軒あると思います。まあ、もっともっと隠れたところでもあるので私はやっぱり10万軒は老舗があるんじゃないかと思っております。これらを共通認識としてお話したいと思います。

次がこの老舗の数と率なんですけども、数はやはり企業の多いところ、経済が活発なところ、東京が一番。これは帝国データバンクでです。で、大阪が2番。京都は前は2番ぐらいにおったんですが今1255軒で5番目ですね。出現率、その県にある企業の数のうちに占める100年以上の数はどれだけ占めているかというと一番が今年4.87%の山形県になります。今まで京都やったんですよ、今、京都が二番目です。まあ、偉そうに言うとる大阪が1.64の38番ですわ。東京都も率でいうと1.42%、企業がものすごく多いですからね。まあ大都市では分母の企業が多いから老舗が育ちにくいということもいえますがまあ、こういうことで京都は数も多い、率も高いと言うことをまず認識いただきたいと思います。

それから朝日新聞が統計を取っている政治、経済、社会、生活、全般合計して、その町が豊かかどうかという民力の統計があるんですけども、例えば福井では、出現率では日本で6番、民力では1番、その順位を足せば7。島根は出現率で言うと日本で3番目、民力でいうと5番目、足せば8。このように見ていくと足した数の少ない方が両方とも上位であり、老舗と民力が相関してますね。そういうことで、日本で老舗が多くて豊かな街というのをずっと取っていきますと、一番が福井、島根、富山、山形、長野、鳥取、山梨、石川、岩手、秋田、徳島、ずっと続くんです。ということは日本海側に多いということがわかります。ということは日本で老舗の多いのは京都と日本海側と言うことがいえます。これは定量的に、統計的にもまた学説的にも証明はされていませんがおそらく北前船がずっと行った港町が文化の伝播があって老舗が残っているんじゃないか。また、その後も本当に幸せなのは裏日本といえば怒られますが日本海側じゃないかと言われております。

47位からみて行きますと神奈川、沖縄、埼玉、千葉、福岡、大阪は42位なんですね。京都と言いますと京都は19位です。出現率は一番なんですけども民力が落ちてくるんですね。そういったことで、地方と老舗とは非常に関係があるなと言えます。

その次に特に大事なことで京都の老舗についてもう一度詳しくお話いたしますと老舗は全国で帝国データバンクが掴んでいるのは2万9000社、その中で平均の出現率は2.2%。それに対して数で言えば東京が一番、大阪が2番、京都が五番の1255社。出現率で言うと山形が一番で京都が2番、 4.75%。京都がやはり老舗が多いと言うことが言えるし、京都府の企業数8万5000件に4.75%をかけるとだいたい京都府下だけで4000件ぐらいの老舗があると推定できるわけです。京都はやはり老舗のメッカ、クラスターだと私は思います。

次に

「京都企業、歴史と空間の産物」と言う本があります。中央経済社から出ています。歴史というのは時間、空間というのは地勢、地理的な条件ですね。こういったものを噛み合わせて京都の街の産物があるし、付加価値ができているという本があって、そこに1000年以上の古都というのはヒト、モノ、カネの集積がものすごくて、その遺産で飯を食っている。また、遺産が素晴らしいということが一つ言えるんですね。しかしながら、ここの京都というのは江戸時代から明治維新になる時に天皇陛下が東京へ行かれた、陛下が行かれたということと同時に京都から企業も出て行った。それから大阪へも出て行ったということで、京都の経済の中心となるような財閥や大銀行は出て行ったんですね。それ以降、京都というのは盆地で港なしの、港なしというのは文化が入ってこないということが言えますね。ということで、不利な条件もありますが逆に府下で5000前後の社寺があるんですね。こういったことが書いてあって、やはりこの京都というのは高い工業技術の熟成によって遷都によるダメージを克服、しかも気候も蒸し暑いが四季豊か、戦災もま逃れて地震も少ない。学生が多い。こういった条件を踏まえて京都産業社会の特徴は古臭い中にイノベーション的な姿勢がある。土地柄重厚長大は無理、また、広域企業は無理、だから生産性の高い高付加価値の先端的な小さなものを扱う。北部の住、学、友、と南部の産、職の住み分けができている。もう一つ、本物、本質を追いかける京都人の性を、1000年の歴史が磨いているんではないかとこういうことで京都は老舗が多い歴史がよいという本が出ています。私は、これはこれで一つ認めざるを得ないなと思うんです。私の意見は次なんですね。

私はいろんな方を調べて話を聞いて、これは統計的には検証しておりませんか私が全部聞いた定性的な話を見ると京都には五つの財布があります。京都は何故老舗が多いなんて京都の人が解説する必要もないです。

これは五つの財布、一つはやはり社寺の経済力です。やはり社寺は税金面で得をしているところもあるでしょう。観光、文化の下支えになっているでしょう。この社寺の経済力というのは非常に大きいと思います。

それから2番目、やはり京都は一番の観光都市です。転がり込む観光収入、お金が入ってきているということはありがたいことですね。

3番目、これはものすごい大きなこと、大学生なんです。大学生がおるというのは街が平安なんです。まあ、大学生、悪い奴も時々おるけども、そんなに大きな悪いことはしません、大学生というのは。夜中に走りまわっとったりしますけどね、ずっと警察の代わりをしておるしね。また、大学生の安い労働力、だから家内工業、家族経営の店がなんぼでも京都にはおるんです。必要な時だけ大学生を雇って、首を切っているんです。このような安い労働力で助けられているんです。だから老舗のあるところには大学生がおります。

4番目、意外に京都というのは反官的か思ったら違うんですね。共産党が長いこと続いた割には産、官、学、共存がすごいんです。やはり京大、立命、同志社など、それから京都府、京都市の研究所、そういったものと民間とのコラボレーションというのは今、コラボと言われる前から流行っているんですね。そして、もう一つ、これはよそのもの嫌い。他のものを無視にすると同時に,どうしても京都の地産地消、自分ところのものを使ったり、食べたりする習慣、京都北部の老舗と南部の新興メーカーのバランスが取れているんです。だから南部の新興メーカー、全世界から稼いでお金を持って帰って、それで祇園でドンチャン騒ぎするとか、北部ではゆっくり眠るとか、こういった五つの財布があって、京都というのは繁栄していると私は思っています。

もう一つ、次に大きな事ですけども、京都の商工会議所と大阪の商工会議所で京都大学のたまたま、私と同じ前川という先生が調べた統計が5、6年前に出ています。

地域ブランドの商売への影響というのがあります。地域ブランドが影響したか、ブランドで得したか、大阪や京都や言うので商売うまくいってますか、お客さん沢山買ってくれますか、そういうので「大いにそう思う」、「そう思う」、「どちらでもない」を聞いていると、大阪では14.5%、大阪のブランド、大阪出身、大阪と言われて得している。京都はですね、38.4%が大いにそう思っている。次のそう思うを足したら7割以上が京都ブランドということでものすごく得している。大阪は足しても30数%、半分なんです。というのは京都は地元の京都ブランド、京都出身であるということで非常に得しているということが言えるわけです。逆に大阪はそれを大事にしていないということはまた反省材料になるわけです。やはり京都はブランドの得ということがありますね。

次に大阪の問題点を言いますと私も大阪におりましたから大阪好き好き人間ですし、皆さんと仲良くしています。

その中で大阪だけはなぜ老舗が目立たなくなったか。まあ、寂しいんですね、これは。私も大阪の小学校、中学校を出てますので非常に寂しいんです。これはなぜ老舗が目立たなくなったのかと言うたら、豊臣以前からの老舗、1600年以前の老舗というのはやはり関ヶ原の合戦、それから大阪の冬の陣、夏の陣。そのあと明治維新、太平洋戦争の戦災でことごとく焼ける、焼ける、焼ける、で来て、なくなって来ているのですね。これは非常にかわいそうなことです。

それからもう一つは戦争中の戦時統制体制で産業とか、業界の組合というのは全部一つに絞り、しかもそれを全部東京へ持って行けというのが戦争中の戦時体制下にあったわけです。だから紡績組合とか、砂糖組合とか、お茶の組合とか、全部東京へ持って行かれたんです。ということで経済は向うになる、政治もだんだん向こうに一極集中する。とするとそのために企業は東京へ転出していく。企業が向こうへ行くと決裁が大阪で落ちない。大阪の法人需要が減る。大阪からお中元、お歳暮が減る。法人税収も減少するんですね。それがやっぱり大阪を非常に痛めつけてBtoB がなくなって BtoC だけの老舗になってしまう。こういう勘定ですね。

次に3番目に大阪は工場等立地制限法と言って、これはすごい法律でした。戦後昭和30年代にできたんです。大都市から工場と大学は追っ払えという法律なんですね。これの適用が主に東京と大阪なんです。で、名古屋は外れたんです。ですから名古屋はあんまり関係なかったんです。で、東京と大阪はこれを真面目に守ったけども、東京の工場は周辺の埼玉とか、千葉、茨城に全部分かれていったんですね。東京の大学というのは湘南とか八王子とかに出たけども元の土地は置いといたんですね、で、向こうへ出たけども学生が遠いところやったらアルバイトもあらへん、こんな遠いところだったら面白くない、遊ばれへんということで、みんな受験生が減ってくる。じゃあということでみんな都内へ大学が戻ってきた。その時に残っている土地に高層建築ですーっと高い校舎を建てたら、大学というのは入学式の時だけ沢山来るんですね。あとは学生は来ないからね。校舎なんてたくさん作らなくていいんですよ。それで皆、東京の大学は潤っているんです。都内に大学生がいーっぱい。ところが大阪はですね、真面目に聞いて大学が出ていったんですよ。大阪市立大学は大阪の一番端っこの大和川の手前、それから相愛は海岸沿いに行って後の大学は無くなりました。全部周辺都市にいったんです。これは大きい。先程の大学生の安い労働力、それから産官学のコラボレーション、それから大学という知識人の減ったことがやはりものすごく大きくて、市内からはやはり老舗は減少していったと私は思います。

4番目には昭和の初め頃に大阪が大合併、大合併をして地域を増やしていって面積も人口も日本一なんですね、昭和の初め。東京を抜くんです。東京市を。それが大大阪と言われています。これは地下鉄もできたころですね。その頃に誕生した企業がちょうど今、100年を迎えています。昭和の初め。ですから中小企業の老舗の増加というのはボツボツ始まっているんです。でも大企業はもういなくなっています。これが今大阪の現状なんですね。

もう一つ、5番目には大大阪になってる時に大阪は無理やりに東洋のマンチェスターと言われて繊維が強い頃に重化学工業のウエイトを高めていったんですね。ということで大阪はものすごく今の北京みたいにゴミと煙の世界になったんですね。本当に空も黒くなって、まあ、その煙を嫌って住民がみんな外へ出て行ったんですね。その時、所謂有名な船場の富裕層は阪神間へ行って谷崎潤一郎の世界になったわけですね。それが阪神間モダニズムといわれるものなんです。そのおかげでお金持ちの住民がみんな外へ出て行った。だから真ん中にあった狂言や能やら歌舞伎やら文楽の旦さんの遊びが全部落ちてしまったんですね。ということは上方の伝統文化はここで弱体化した。これは非常に大きいです。やはり職、住がわかれて、今まで市内に住んでいたから地元に遊びに行っとったのがもう芦屋へ行ってしまったら芦屋からわざわざ来ないわねということになってしまったんですね。一方、府下も阪神間以外の周りの守口、門真 、東大阪、藤井寺、堺市、あの辺の府下の衛星都市も老舗を育てる、また伝統芸能を引き継ぐだけの民力がなかったわけですね。そういうことで大阪府全体としては老舗が小粒になって来たんですね。

そして最後、7番目、これは週刊ダイヤモンドのブランド総合研究リポートでね、大阪の魅力は今なんやということを調べたらユニバーサルスタジオジャパン、ハルカス、大阪城、くいだおれとおもろい商店街があるやないか。こんだけしか出てこないんですね。これは本当情けないですね。それ以外なんか有名な人を知っているかというと橋下知事、そして吉本、コシノ姉妹、ええところで安藤忠雄を挙げよるんですね。これはホーンマ、寂しい。こうなってしもたんですよ。で、大阪が魅力的と答える人は近畿に住んでいる人なんですね。関東の人は1人も言わない、ほとんど。なんで今、こういうこと言ってるかというと京都も宇治もこういった点を反省点として覚えておかないとこれの同じ轍を踏んではいけないと言う事を言ってるんですね。

そして特に大阪府在住の人の大阪への愛着度は15%で他府県より低い。非常に遺憾な状態なんですね。これはやはり地元を愛するということが減っているわけです。こういうことが今、出ております。

次に東京のことを参考に言います。

東京はなぜ 老舗が多いか。1923大正12年に関東大震災がありましたね。関東大震災のおかげでどんとやられた人はこちらへきたんですね、大阪へ。谷崎潤一郎も移ってきましたね。私がいた松下電器も東京から優秀な職工連が来たんですね。そういうわけで松下電器が伸びたとも言えるし、シャープ、今は苦戦しているシャープも東京から逃げてこられて、大阪で復活したから大阪は良くなった。でも、関東はその間、人がいなくなった。建物全部焼けた。その代わり全く新規の設備投資をした。大阪は関東がだめになったから古い機械のままでやっていけたからイノベーションが遅れた。東京は生まれ変わった。そういう差で東京というのは大変失礼な言い方ですが関東大震災のおかげで伸びたんですよ。政治の規制権力が経済とマスコミの集中をまねき、官公庁法人需要が大きくなった。

それから東京というのは東京都と周りの埼玉、千葉、神奈川との間の交通網が放射線状、

環状にものすごくうまくできているんですね。ということは東京というのは関東一円の購買力が支えているわけなんですね、生産力も。それから江戸は出来て400年ですね。ですから非常にコンプレックスがあります。ですから京都、奈良に比べたら本当コンプレックスの塊になるわけですからものすごく歴史を大事にするから、たった100年、200年の老舗でももう1000年ぐらい続いている顔しているんですね。この差はあるんですよ。

それからもう一つは公園と大学がものすごく多いんですね。そういうことで東京は老舗が非常に多いんですね。と私は解釈しております。と同時にこの老舗の存続が数として多い。これからも老舗の誕生、いわゆる昭和の初め、関東大震災の後にできて100年を迎える老舗がどんどんできてくる。さらに戦後、大阪や西日本から移っていったものも老舗になってくるから老舗がますます東京で増えるだろうと思います。だけども東京というのは競争、大競争市場ですね。ですからベンチャーも多いですね。数も多いです。芋の子を洗うようなものですからちょっと老舗やからといってのん気にしていたら非常に怖い市場でもあるわけです。

次に、これは京都、東京、大阪の比較ですけども先程言いますように数で言うと老舗は京都は5位、東京は1位、大阪は2位なんですね。出現率で言うと京都は4.75で2番、東京と大阪は少ないんです。企業の数が多いから必然的に数も多いけども、老舗の出現率というか、輩出率というか、老舗の頑張りというのはやはりこの3大都市で京都は圧倒的なんですね。これはやはり素晴らしいことやないかなと思います。

次に日本海側を解説しますが皆さん、この本をご存知ですか、「福井モデル」という本です。これは非常に素晴らしい本です。私たちの学会では北陸3県がものすごく豊かで、おもしろーて、美味しくて、仕事もあるしね、ものすごく豊かな所になっているんですよ。その中の福井のことを書いた本です。これを見ると非常によく理解できる。もう一つ、「福井大学はなぜ就職に強いのか」という本があるんですよ。うちの家内も「へっ、なんで福井大学」、びっくりするんですけども私もびっくりしました。でも、福井大学は就職率がええという本が出ているんですよ。で、福井モデル、福井は日本一の豊かな町という本が出ていますが実際そうなんです。なぜか。これが老舗との関連があるんですね。これは文芸春秋から出ている福井モデルの中身を全部解説してある本なんです。同居、近居、家族の形態が、日本の伝統が守られているということが北陸の最大の特徴なんです。それから信仰が厚いということ。ですから出生率やら共働き率が一番高いんです。そういったことで家族の文化、インフラが支えられているのが北陸の最大の特徴なんです。そういったことから豊かさ、幸福度が伸びて来ています。

そういったことが背景にあるからもう一つ

同居、近居をする両親世代による子育てサポートができているんです。ですから正社員共働きによるダブルインカムになっていますね、二つのポケットの収入が。その辺があるから逆にここらの人は教育に熱心、北陸の人に「金沢大学といえば裏日本の東大」といって怒られた事がありましてね、北陸の大学というのはプライドが非常に高い。優秀である。ということは教育の現場が非常にしっかりしているということである。それからそういう家族と家庭と教育現場が合わされて、この企業に産学官連携で共同研究開発が入ってくる。それから正社員も来る。非正規社員も来る。そうしたことで企業はその田舎でとんがった商品をやって世界的な企業が生まれてくる。このモデルというのはどうやら京都の南部、任天堂や京セラのあるところ。南部と北部の関係。南部と北部は言ってみれば近居、同居みたいなものですね。宇治もそうなんでしょうけども、それと大学、京都は多いですね。立派な大学が本当に密着しています。こういったこと。で、行政自治体が非常に熱心ですけどもあまりいらんことを言わないんですね。で、京都もそういう感じですから京都とちょっと似たような感じがあるんですが福井というのはみなさん方、もっともっと注目をしていただきたいなと思います。これは石川モデル、富山モデルにも繋がります。同じようです。どうしてこんなに共働きをやって、みんな豊かにのんきにワイワイガヤガヤやってんのかなと思います。ちなみに私、高知工大に1年間おったんですけども高知も同じようなことが言えるんですけども、2つだけ北陸と違うところがあるんです。離婚率が高いんですね。それと酒飲みがものすごく多いんです。男は女性の尻に引かれているんですね。しかも結婚して離婚して子育てしながら女の人は働いているんですね。ですから北陸というのは皆さん勉強の値打ちがものすごくあると思いますね。ただ問題は北陸に新幹線が通りましたね。

あれは東京へ学生がみんな行ってしまったら、若者が。そうすると東京でどっぷり浸かったら北陸へ戻ってこない。今まで北陸の学生というのは進学は京都、それから関学、関大が一番多かった。それが東京へ進学、行くようになったら就職もあちらへ行ったら、人材が枯渇したら非常にこれから心配です。ですから新幹線、新幹線と騒ぐのは問題ですよ、来ないほうが100年後幸せですよ。と私は思っております。

次に目指すべきは定常社会という定常というのは急成長とか、急降下とか、そのようなことがない。常に安定ということです。昨日、私は老舗の大阪の100年会 井澤金属会長のセミナーの司会をしたんですが井澤金属さんというのは280名でずっ-と売上高が550億ぐらいありますよ。経常利益はずっーと2.5なんです。もっと頑張らんかいな。そんなに頑張ってもあかん、どうせ落ちるやんから。常に安定でいい。率も低くても安定でいい、業界並みで。それで、ちゃんとボーナスや従業員の給料など払えたらいいんだ。そういったことをおしゃっているんですね。それが老舗の原則だと思うんです。いわゆる定常社会というか、伊那の食品工業会長のおっしゃっている年輪経営とか、近江商人の三方よし精神とかね、それから二宮金次郎の報徳思想とか、そういうものは全部同じような定常社会のことをいっていると思うんですけども、要はモノ中心の率やら無限大を追うことはやめてですね、情報の交流に価値を置く。それから変化重視、イノベーションせないけませんけども、何でも変わらなあかん、変わらなあかんじゃない。変化しないものにも価値を置くという、それがマイナスじゃない。いうことで結論は環境、福祉、経済がバランスよく鼎立する社会、これを定常社会とおっしゃっている先生がたが多いんです。定常社会、それは私に言わせれば老舗社会だと思うんです。だから老舗が伸びる。そして若い会社も老舗になっていく。そうやって人生の過程も老舗のように暮らしていく。そういった社会が私は定常社会でこれからもっともっと伸びるんじゃないかと思います。

新幹線に乗ってずっと窓外を見ていると森がポコポコとありますね。日本の田んぼの中にね、その森を見ていたら鳥居が中にあります。あれは鎮守の森なんですね。誰もいない、神主どこへ行ったんかな、誰もいないんですが、お祭りの時はどっと集まる。お掃除の時は行く。そして子供が遊びに行く。何か地震があったり、避難所という時にはそこに行かせてもらう。そういった場というのは、鎮守の森というのですね。で、老舗というのは日本海側も京都もやはり私は地域の鎮守の森だと思うんです。そういったところがある所というのは、街というのは意外と鎮守の森のありがたさを感じられるといざという時には本当にありがたいものですよね。そういった意味でやはり私は、古くからその土地に根を張ってきた木々は災害に強く世の変化に負けない、町や村の中心で祭礼や寄合いや災害避難場所、コミニケーションで頼りになる。やはり鎮守の森というのは小さくていいんですよ、大きい小さいではない。永続繁盛、継続してそこにあることが社会的責任だと私は思います。鎮守の森もそうだし、老舗もそうだと私は思います。

最後になりましたが世の中、第1にそこに住む土地、土地の地勢や歴史があるんだから。それはもう大事にしなくては。第2にそれとそこに住む住民と住民の生活、白い味噌、黒い、赤いお味噌、掃除を朝にする、夜にする。いろいろ違いはあります。いろいろとライフスタイルが違います。それはそれでいいんです。第3に経済、政治も違います。この三つの鼎立、三権分立というか、バランスのとれた真ん中に老舗がアンテナ、プラットホーム、ガイドラインとしてあることが大事ではないかなと思います。

そして最後に私が勤めていた松下電器の松下幸之助翁がある時、正月にこういう会合で従業員を集めた時ですね。話が終わって、司会が解散と言ったら、みんなわーっと解散した。その時、幸之助翁はああ、ちょっと待ってくれ、忘れてた、思い出した、皆さんにお年玉を渡すの忘れたといったんですね。従業員は臨時の賞与が出ると思い、わあっと寄ってきたんですね。ところがその時に翁はこれを言ったんですね。

「経営のコツ、ここなりと気づきし値は100万両」。「経営のコツ、ここなりと気づきし値は100万両」。この言葉を皆さんにあげるわ。100万両って今では100万円ですよ。この言葉をお年玉にあげるわ。皆さん経験する、学ぶ、怒られる、叱る、怪我する、そんなのではあかん。経験したり、学ぶだけではあかん。気づかなあかん。経営というのは気づかなあかん。こういうことを言わはったんですね。それを聞いて皆はどう思ったかわかりませんが松下幸之助翁は気づくことをものすごく大事にされました。今日は私の話の中で何か気づいていただければありがたいと思います。えらい僭越なことですがお話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

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