日本人のモラルと宗教心

保護司(更生保護)に30年携わって学んだこと

林猛雄 会員

只今、ご紹介に預かりました林でございます。今日はよろしくお願いいたします。日本人のアイデンティティーとしてのモラルと宗教心はどこから来ているのかなと最近思うことでございます。それを思いました時に日本人は古来より神道というものがございました。飛鳥時代になりまして、仏教伝来ともに漢字が日本に入ってきました。そして仏教と神道が習合しまして今日の日本人の宗教観と言いましょうか、道徳・倫理と言うんでしょうか、そういうバックボーンが築かれたのではないかと私は思っています。

どこへ行きましても神社、鎮守の森、そして寺院、これが必ずあるんですね。宇治でしたら世界遺産に登録された宇治上神社、それに平等院というように神社仏閣が世界に宇治市を有名にしています。そして平安時代に平等院が建立されていますが、寺院名が平等という名称を使っています。こういう時代に、今でこそ、自由とか平等とか、そういう言葉が使われていますけども、約960年前、遠い封建制の時代に平等という名称をつけています。この平等というのは今日の自由平等博愛、そういう意味の言葉ではなくて、仏教の教えは、仏の前で皆平等であるというところからきた言葉なのです。そういう平等ということを謳っていると言うこと。そして平等院というのは極楽浄土を具現していると言われています。朝日山から朝日が昇って、そして彼岸の中日、春と秋の彼岸の中日に宇治川を挟んで鳳凰堂に夕日が沈む。そういうふうに設定され極楽浄土を再現している。そういう設えなんです。だからそういう日本人のアイデンティティーというか、宗教観と言うものがそういうことで培われているといえます。

そして日本の宗教観というものは12月24日にクリスマスイブ、12月25日にはメリークリスマス、12月31日は除夜の鐘、1月1日は神社仏閣に初詣でする。1週間のうちにあらゆる宗教の行事と言うのでしょうか、そういうものが凝縮されている。そのような国は日本しかないのです。そして彼岸の中日、春と秋には皆さんお墓参りをする。で、彼岸というのは昼と夜とがちょうど同じです。それは仏教でいう中道という言葉からきているのではないか。インドでは四季がありませんから、そんな彼岸というものはないのです。日本でそのような考え方が培われてきたものと私は思っています。そして8月16日の大文字送り火、お盆の仏教行事です。それらがすべて四季の中で彩られています。日本という国は素晴らしく、優美な季節、季節にそういう宗教行事もある。そういう中で日本人のアイデンティティーであるモラルとか、宗教心が培われてきたと私は思っています。

江戸から明治になりまして、今から明治維新というのはたかだか約150年前なんですけれど、日本に初めて法律を作らないかんということになって、フランスやらドイツから憲法とか、刑法とか、民法とか、いろんな法律が入ってきまして、そして今日、六法全書を見ましたら、その法律が制定された日がだいたい明治です。特に瑕疵担保というのは日本にはない民法ですので、今でこそ瑕疵担保責任と盛んに言われていますが、それは日本ではそのような考え方がなかった。日本にはそういう法律がなくてもお天道さんは知っておられるとか、天知る、地知る、我知る、仏さんは見てござる。神さんは知っておられるということで、それぞれの人が法律ではなくて、自分の「良心」で善悪を判断してきました。そういう日本という国柄は稀有な国ではないでしょうか。

日本の地域の村ごとに、街ごとに鎮守の森があって、そしてお寺があって、そういう環境下で日本のアイデンティティーの軸がしっかりしていたから、いろんな文化とか宗教が海外から入ってきても、それらをすべて受け入れられるキャパシティーがあったんじゃないか、それが日本の日本らしところではないかというふうに思っています。

そういう中で、本日のテーマであります更生保護制度について所感を話させていただきます。更生保護というのは社会内で誤った罪を犯した人を処遇するという日本の司法制度です。社会奉仕の精神で犯罪をした者の改善及び更生を助ける保護司という、いわゆるボランティアの民間人がそれらの人に対して接しまして、更生してもらう。そういう制度は日本独特な発想から生まれました。私が思うのは日本人は性善説というんでしょうか、何人も罪を犯したとしても、いずれ更生してもらえるんだというそういう考え方から来た制度ではないかと思っています。

日本の司法制度の中で、「保護司制度」と「交番」というもの。これは世界で類のない制度らしいです。だから、日本の各地域において犯罪というのか、その制度によって大きな抑止力にもなっておりますし、皆さん安心安全な国は日本ということで、今世界各国から京都に行きましたら日本人より外国の人が多いような感じでございまして、日本人の秩序ある安心安全の国を見ていただいているのではないかと、そういうふうに思っています。そういう土壌がありますから、今の我々はこうやって落ち着いた生活、それから価値感を共有しているので、どのようなことに対してもお互いがお互いを理解できる。お互い同士が話せば理解できるというのはそういうところからきているのではないか、外国ではそうはいきません。いろんな価値感があり、皆違うわけで、道徳も皆違うわけです。宗教が違えば道徳も全く違うんです。かってモラロジィ主催で世界の道徳会議がありました。道徳というのは各国一緒かと思っていたら各国によって違う。それはなぜかと言いますと、私が思ったのは宗教が違うから道徳も違うんだなとこういうふうに思います。日本では大体モラルというのはそう大きな差はない。そういう価値感を共有しているのは日本人であるといえましょう。過去30年に亘って更生保護に携わりました。その間、お出会いしたお一人、おひとりが更生され、新たに生まれ変わって甦がえられた人生のご多幸を念じています。   

合掌

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