「エコボール」

NPO 法人就労ネットうじ みっくすはあつ

職業指導員 主任 田中彬弘

こんにちは、私は小倉にある「みっくすはあつ」という事業所、障害がある方が働く場所で職業指導員をしている田中と申します。本日はよろしくお願いします。

まず、みっくすはあつがどういうところなのかといいますと障害があると言っても知的障害のある方、発達障害のある方、精神障害のある方、身体障害のある方、様々な方、学校卒業して18歳から65歳を超えている人もこの間までおられました。その方々が働く場所です。

「みっくすはあつ」は小倉にある公栄ビルの2階ドリームさんという自転車屋さんが1階にありますそのマンションの一部をお借りしております。ちょっと小さい事務所で、職員も常勤パートも含めて12名程の小さな福祉施設になります。で、その中で、清掃の作業であったり、手づくり品の販売であったり、飲食、それとエコボールという事業もさせていただいております。

このエコボール活動を思いついたのは地元、東宇治高校出身の元プロ野球選手、大門和彦さんです。大門さんには以前より繋がりを頂いており、エコボールの開始にあたっては準備から大きなご支援を頂き、障害のある方の仕事になってきたというのが現状です。昔は野球部のマネージャーさんが縫ったり、選手が縫ったり、破れたボールを自分たちで直して使っていました。しかし、母校を訪れた時破れたボールが倉庫に沢山寝ていたということから仕事にできないか?と思いついたようです。大門さんの母校から預かった20球を持ち帰って、縫い直してみたところ、時間はかかるけれど、できるかもしれないと手応えを感じ、ここからすべてが始まりました。2009年のみっくすはあつが開所の時からエコボールを1球50円という価格で受けております。しかしこの4月から1球100円になっています。このエコボールの修繕は障害のある10代~60代の男女で日々取り組んでおります。ほつれた糸を切り、新しい糸で縫い直す。ボールを磨くなどの工程を分担して行っています。エコボールを上手に縫えるようになるまでには苦労がありました。最初は時間もかかりボールが凸凹になったりしましたがその人に合った作業をマンツーマンで丁寧に教えることで完成度の高いエコボールができるようになりました。みっくすはあつと大門さんの働きかけや口コミで、エコボールは他の就労支援施設にも広がっていきました。現在19都道府県で24ヶ所の施設で行われています。

ボールは破れて預けていただいている状況のボールとそれを縫う状況にまで仕上げたボール、それと縫い直した完成したボールがあります。

ボールの納品などで施設外の人とコミュニケーションの場を持つことで生まれる相互作用が障害のあるスタッフたちに生きる力、一歩を踏み出す力など変化につながっています。今まで仕事に消極的だったスタッフが他の仕事で積極的になるなど、エコボール事業の経験が仕事に対する意識に変化を与えています。また野球部の選手にとってもエコボールを縫うスタッフとの交流からバットやグラブなどの道具を丁寧に手入れするようになったなど、物の大切さを学んでいるそうです。

どういう状態になったボールがやってくるか。高校さんによっては土の種類によって汚れやすいところ、皮が破れやすいところ、もちろんにおいがきつかったりもします。すぐ破れて、すぐいただけるところ、なかなか破れにくいところなど土によっても違いますし、練習量によっても違います。傷んだボールがどんなであるか観察してください。

当初手がけたボールはすごく凸凹だったんです。

今、出来上がったボールは元の形に近いと思います。縫うのってものすごく難しいです。ここまで来るのに8年かかりました。少しずつ良くしようと、喜んでもらえたらいいなと思って日々みんな頑張ってやっています。そんな中でどうやったらうまくやれるかなと相談しながら取り組んだ結果が今の形になっています。

50円で修繕させてもらって、20個預かってスタートしていきました。一番最初は大門さんの母校である東宇治高校、そこからその当時の監督さんの繋がりで少しずつ増えていきました。選手さん、保護者さんの繋がりでこの活動が広がっていきました。やはり倉庫の中で何百球という眠ったボール、テープを巻いたらティーボールにできるんです。でも、テープを巻かなければただの破れたボールで使えないんです。この取り組みに賛同していただき、現在受けている団体が186になりました。私が働き出したのが2010年からです。その当時はまだ五つの団体ぐらいしかありませんでした。障害のある方が一つ一つ縫ってくださって、持って行きます。半分返されたところもありました。始め、本当に凸凹していた。障害がある方が働くことを目的に、この事業が取り進んできたので、最初は納期もありませんでした。いつまで時間かけていいし、ゆっくりやってよ。それが条件で始めました。そこから少しずつ増えてきました。京都市内で「工房あすく」という福祉事業所があります。そこで障害がある方の仕事で、エコボールの事を知ってくださって、私たちもぜひ一緒にやりたいですと言っていただきました。そこから普及し現在、全国24事業所があります。株式、社団法人、いろいろ形態はありますがこの取り組みが全国に広がってきました。少しずつ取り組む事業所が増えてきた中、東日本大震災がありました。私も管理者小畑も現地の災害ボランティアに行きました。現地の障害者がある方の作業所は津波で流されてしまい、働く場所や仕事する内容ものものが全部流されてしまいました。その中でどう仕事づくりをしていくかが課題の1つとなり、災害ボランティアさんが全国から入りましたが、その繋がりがあってエコボールを始められることになりました。エコボールって学校があって硬式野球部があればどこでもできるんです。このようにエコボールの活動が全国で普及しだして、全国野球振興会(日本OBクラブ)の公認ロゴの使用許可をいただいています。オフィシャルサポーターとして、この福島の時からプロ野球の OB クラブさんも一緒になって全国各地でこの取り組みを広めていくというところの協力をいただいています。

一番最初、エコボールを始めた時1個50円なので、糸も針も何もなかったんです。その時に一番最初に大門さんの繋がりで宇治市にある有限会社球道さんという野球専門店の松山さんから当初よりボールの糸を寄付していただいています。その賛同やサポートがあったからここまで進めてこられたということを補足させていただきます。

2016年8月、翔英高校さん、夏の甲子園に出られました。残念ながら初戦で敗退ということでしたがそのときにエコボールを預けていただいています。そこでみんなで利用者さん、20人ぐらいでグランドまでお伺いさせてもらって頑張ってください、応援していますと言うエールの色紙を渡しています。こういう取り組みは誰がどういうふうにボールを縫っているか、どういうふうに使ってもらっているかをお互いが知ることで仕事の励み、物の大切さに繋がることを願って取り組んできています。

2017年1月5日、初日の朝、10時に来てくださいました。あけましておめでとうというときに文教高校野球部皆さんが向島から走ってこられました。部員、マネージャーさんら25名ぐらい、大勢が来てくださって一緒にボールを縫って、ボールを磨きました。

文教高校の木田監督がこの取り組みを通じて試合の勝ち負けだけではなくて、学生が育っていくことをものすごく大事にされておられます。なので、一緒に取り組むことが実現しました。

また、2017年の3月には20人ほどで文教高校さんのグランドにボールの納品と合わせ、学生さんとキャッチボールをさせて頂きました。

2017年1月末、シチズン時計株式会社様から年間三組しか表彰されないシチズンオブザイヤー2016にエコボールの取り組みが選ばれました。野球ボールと障害がある方と地域をつないでいくというこの取り組みを評価していただきました。このおかげでいろんな新聞に取り上げられたり、テレビに取り上げてもらったりとかということもあったんですが正直ここまで取り組みが大きくなるとは思っていませんでした。でもそれも日々全国各地で24事業所がエコボールという取り組みを実践して、それがメディアに取り上げられて、それがこの賞に繋がったのかなと思っています。

シチズンオブザイヤーの2016のホームページにもみっくすはあつの取り組みが載っています。このシチズンオブザイヤーをいただきましてちょっと1回、全国の事業所が集まり、全国集会をしようということで今年の2月18日に開催しました。京都駅の近くのホテルで全国11事業所、北は青森から南は熊本の事業所まで集まりました。エコーボールを通して、障害がある方の取り巻く環境、所得保障や権利保障のことをまだまだ考えねばならないことがあるんじゃないかということを共通の認識として、その中で価格を一球100円にということを決定しました。当事業所では4月から100円で取り組まさせていただいております。

3月30日、文教高校さんに持って行った時の写真です。文教大学のグランドの一角を借りて練習をされています。学生さんとキャッチボールをしました。キャッチボールが初めての利用者さんもおられました。若い学生さんと関わるので恥ずかしくて隠れてしまう人もいました。色々な意味で刺激になったと想っています。ボールを縫って、渡してだけの関係ではなくて、このエコボールということから障害がある方のことについて少しでも知ってもらいたらいいなとの思いで私たちは取り組んでいます。

全国集会後、エコボールの全国集会をしたことを宇治市長とお話させていただく機会がありました。宇治市長の前で利用者の方がエコーボールを縫う実演をしました。

そういうふうにして障害がある方がどんどん地域で、伝えていくことを進めています。

全国集会が終わって1ヶ月後、全国野球振興会の理事長、八木沢荘六さんがエコボールの作業の様子をどんなものなのか見させてほしいということで来られました。八木沢さんはこの活動を見て、まだまだこのボールは使えるな。野球人口が減っていく中で社会貢献に協力して欲しいというようなお言葉をいただきました。私たちもその言葉をきっかけにまた一段と頑張ろうという気持ちになったのが正直なところです。ものすごく気さくな人で一人一人の利用者の手元の近くで寄り添って見ていただいて、お話されて、本当に温かい方でした。いいお話もいただいて、私たちの取り組みも確かな歩みというか、これからの道筋を示していただいたかなと思っております。

現在、毎日エコボールの作業をしているわけではありませんが作業するときは多くて10人20人の人たちがボールに携わっています。縫うだけではなくて、いくつかの作業に分担をして取り組んでいます。

工程としましては、初めに磨いて、縫うところの穴をきれいにする。そして破れたところをハサミで丁寧に取っていく。そして縫っていく。そして最後もう1回磨くのですけども、それを視覚障害の方であったり、半身麻痺の方であったり色々な方が取り組んでおられます。その人の得意不得意がありますので、その人のできることを丁寧に取り組んでおります。

みっくすはあつは「ともにある」という理念を掲げております。障害がある方の働き、暮らし、まだまだ保障されるべきことが沢山あります。それをあえて伝えていかなくてはならない世の中だと思っています。誰もが暮らしやすい地域、社会作りを目指して取り組んでいます。その一つの取り組みがエコボール事業だということを知って頂ければと思います。

このきっかけで今は全国に24事業所、全国で186団体まで広がりました。この取り組みから破れた皮の交換まで行う事業所もあります。まだまだ発展途上な事業ではありますが、今後もより全国に広がり、障害がある人のこと、福祉のこと、事業所のこと、障害のある方の取り巻く環境のこと。そういうものを少しでも知っていただくきっかけにできたらと思っております。皆さん機会があれば覗いてください。今日はお時間をいただきましてありがとうございました。

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