「混迷する消費税制度について」

2016、10、13 

税理士 金井恵美子

物品税と消費税

ひとつの税には、必ず長所と短所があります。

したがって、異なる種類の税を適度に組み合わせて、全体としてバランスの良い公平なデザインをするというのが、近代税制の姿でございます。

消費税の前に間接税の中心であった物品税は、贅沢品に課税して生活必需品には課税しないという考え方で、贅沢品と判断されたものとその税率を課税物品表に掲名して課税する税でした。この課税物品表は、さながらブラックリストの様相ですが、急激に大きく変化する消費態様にうまく対応してリストアップすることはできません。しかもサービスには全く課税しないので、公平性、中立性が確保できないという問題があり、課税範囲が限定的であるため、税収も低迷していました。

消費税の役割は、まず直接的な期待としては、この物品税の不公平を解消し、間接税分野の税収を上げることでした。何を買おうが、どのような消費をしようが、とにかく同じ税率で一律に税がかかるという公平を実現し、そうすれば税収も格段に上がります。

消費税は、物品税とは反対に、医療や教育や社会福祉といった特定のものだけが非課税になります。これはホワイトリストアップです。名指しで「あなたは課税しない」と言われたものだけが課税されない、それ以外は全部課税されるわけですね。どのような形で商品開発をしても、ホワイトリストに載らなければ課税されます。

所得税と消費税

現在は、所得税とペアを組んで、所得税が担うべき公平の側面、消費税が担うべき公平の側面、こういうバランスで、国の基幹税となっています。

所得税は、貧しい人の税は安く、裕福な人の税は高くなる税です。子どもがいる、医療費がかかったなどという納税者一人ひとりの事情に配慮するため、どんどん複雑になります。

消費税は、消費者が負担した税を事業者が申告納税をする間接税として仕組まれています。したがって、国からは一人ひとりの負担者である消費者の顔は、全く見えないのです。物を買う人がお金持ちか、貧困の中にあえいでいるか、そんなことは見えないのです。見えないから、人それぞれの所得の大きさに応じた税負担というものは考えられません。それは、所得税が引き受けています。消費税がこの国で所得税とペアになって存在するという存在意義は、所得税にない別の角度の公平、何もかもに一律に課税するという公平です。

すべての人に、すべての消費に、画一的に比例税として負担を求める、このことが良い特長ですね、所得税とは違いますね、といって税制全体のバランスの中に取り入れられたわけです。

したがって、単一税率であるということが、消費税の命、ということでございます。

ヨーロッパの失敗

食料品について軽減税率を入れるということは、相手の顔が見えないのに、何らかの累進的な措置を入れようということなのですね。まるで、物品税のように。

日本には、物品税を捨てた歴史があります。ヨーロッパでは、軽減税率を入れても低所得者のためにはならないばかりか、それによって減らした税収を補うために標準税率がどんどん高くなるという失敗の証明があり、単一税率の付加価値税は理想的なデザインだと評価しています。OECDやIMFは、単一税率の国に対して、複数税率を入れないように警告しています。

その物品税を捨てた歴史と失敗の証明にもかかわらず、複数税率に移行するという日本の方向性は、世界の多くの研究者にとって、ミステリーということになるでしょう。

税制に関する議論の中で、どの政党が何をおっしゃっているかということには、私どもはあまり興味がございません。しかし、あるべき税制の理想的な姿から外れていくのであれば、外れていくだけの相当な理由が必要である、と考えているわけです。

痛税感の緩和

このたびの軽減税率導入について、政府は、国会で何度も何度も、「痛税感を緩和するため」と答弁されています。買い物のたびに安くなっていることを消費者が実感して、痛税感を緩和すると。こういう理由を第一に掲げられたわけです。痛税感の緩和には、どういう意味があるのでしょうか?

痛税感はあったほうが良い、というのが租税理論の基本でございます。国民一人ひとりが税を払っているという実感を持ってこそ、あるべき税制を考える議論に真剣に参加する、税の使い途を監視する機能が働く、というのが租税理論の基本でございます。

痛税感を緩和するというのは、見ないでください、あまり議論しないでください、目の前で物が安ければいいでしょうと、こういうことを言っているに等しい。これは、国民を、納税者を、英語ではタックスペイヤーと言いますが、税を支払って国を支えている納税者に対する、少し失礼な考え方ではないかな、と私どもは思っております。

逆進性の緩和

そして、2つ目は、消費税の枠内で逆進性を緩和するという説明です。逆進性というのは、所得の少ない人ほど所得に対する税の負担率が高くなるという意味でございます。たとえば、所得が100万円の人が全部使って10%の税率で10万円の税を払うと、所得に対する負担率は10%になります。これに対し、1億円稼いだ人が9000万円貯金して1000万円を使い10%の税率で100万円の税を払うと、1億円に対する100万円ですから所得に対する負担率は1%となります。10倍の税金を払っていますが、負担率は10分の1です。これを逆進性と表現いたします。

貧しい人は、稼いだもの全部を使います。お金持ちは、充分に貯金します。だから、消費税には逆進性があると批判されるのですね。

しかし、この批判は的外れです。なぜかというと、消費税は、税の負担者の顔を見ないで何もかもに一律に公平に課税する、その点が良いところですよ、所得税とは違う特長で全体のバランスの中で役割を果たしてください、ということで税制の主要なメンバーに入れられたわけです。それを今さら、所得税に比べて逆進性があるからけしからん、というのは、これはお門違い。消費税の逆進性は、所得税や社会給付によって補われるべきなのです。

支出の時点で負担を軽減する

支出の時点で負担を軽減するというのは、例えば100円のものに8%、10%と違う税率で、108円と110円という値段が付いたとします。そうすると、貧しい人が食料品を買う時に、財布から出ていくお金が少なくて助かるということです。生活に困窮する人に、年が明けて、所得の計算をして貧しいことが証明されたらお金をあげる、といっても暮らしは成り立ちません。お金が出ていく時点で救済することができるところが、軽減税率の利点であるといわれています。

しかし、企業のトップにいらっしゃるみなさまはお分かりだと思いますが、消費税の税率で物の値段が決まるわけではありません。消費税も含めた需要と供給の関係で、市場の力によって、物の値段は変わるわけです。軽減税率が適用される、標準税率が適用される、それは表面的なことに過ぎません。108円になるはずのものが、本体価格を102円に上げたら、たちまち110円になります。イギリスでは、食料品と子供服は0%になっていますが、標準税率を引き上げると、これらの商品の値段も総体的に上がると報告されています。支出の時点で低所得者の対策となるというのも、実は幻である、ということになります。

転嫁のチェーンが切断されない

非常に専門的なお話になりますが、非課税は、仕入税額の非控除によって転嫁のチェーンを切断するけれど、軽減税率はその問題がない、という論点がございます。

売上げが非課税ですと、その仕入れは仕入税額控除ができません。控除できない税は、事業者の利益を圧迫する、あるいは、本体価格に潜り込んで消費者の負担となる、これを「転嫁のチェーンの切断」と呼んで、非課税は、消費税にとって非常に良くない制度だとヨーロッパの研究者はいいます。日本の研究者もいいます。軽減税率であれば仕入税額控除ができるので「転嫁のチェーンの切断」がないということでございます。

それはその通りなのですが、では、現在ある非課税についてもあらためて議論する必要があるのではないか、という疑問が生じるところでございます。

軽減額と軽減率

28年度税制改正によって軽減税率が法制化されたわけですが、先ほど申し上げましたように、政府の答弁の中心は、痛税感の緩和と逆進性の緩和という2つの理由でした。そこで、今回入った軽減税率によって、逆進性がどれほど緩和されているのかということを、数字で見てみたいと思います。

財務省が公表した数字をもとに、作成したグラフが2ページにございます。

グラフの縦棒の短いところ、これが一番所得の少ない人たちです。右に行くほど、所得の多い、稼ぎの多いグループに上がっていきます。この棒の長さは、金額です。10%の標準税率に8%の軽減税率を入れたときに、1年間にどれだけ消費税の負担額が減るか、というのが棒の縦の長さでございます。一番所得の少ないグループの人は5000円~6000円ぐらいしか減りません。一年間の金額です。そして、一番所得の多いグループの人の平均は、18000円程度となります。というのは、お金持ちのほうが高い食材を買います。生活を切り詰めて食費も切り詰めている人よりも、贅沢に食べたいものを食べている人の軽減額が多いのは、当然のことです。

そして、折れ線は、所得に対する消費税の負担率でございます。オレンジの折れ線は、軽減税率が入らない場合の負担率でございます。所得の少ない人の方が、やはり負担率は高い。逆進的です。そして、グレーの折れ線は、軽減税率を入れた場合の負担率です。二つの折れ線には、ほとんど差がありません。ほぼ同じ折れ線でございます。8%の軽減税率を入れても、逆進性はほとんど改善されないのです。ほとんど改善されないのですけれども、1兆円を超える国家予算を使って軽減税率を実施いたします。その1兆円の多くが高額所得者の利益となる、こういう試算になっております。この試算を見れば、逆進性緩和のために、低所得者のために1兆円の予算を使うのだという説明には、疑問が生じるのではないか、ということでございます。

諸外国の軽減税率

次に、主要諸外国の付加価値税の税率をご覧ください。棒の上の方にある、四角で囲んだ数値が標準税率で、青く塗ってあるところの真ん中あたりにある数値が、食料品一般に対する軽減税率でございます。棒全体が青い国は、軽減税率がないということを示してございます。

OECD及びEUのところをご覧いただくと、軽減税率を入れている国の標準税率は、ほとんどが20%以上です。その中で、10%とか、5%とか、0%の軽減税率を設定しています。これだけ、軽減税率と標準税率とは差があるということでございます。10%以下の標準税率で軽減税率を入れている国は、OECD加盟国ですと、スイス、オーストラリア、カナダしかありません。

スイスは標準税率8%に対し軽減税率が2.5%、オーストラリアは標準税率10%に対し軽減税率が0%、カナダは標準税率5%に対して軽減税率が0%、ただしカナダは、別に州税がありますので、実際の標準税率は10%を超えております。

こんな中で日本が、10%の標準税率に対し8%の軽減税率となります。いままで単一税率でヨーロッパから理想的と憧れのまなざしで見つめられた日本の消費税は、10%の標準税率で2%だけ軽減する、という形に変わります。こんな国はないわけですね。世界に類を見ない珍しい税率構造を今から実施しようとしているということでございます。

先ほど、単一税率から複数税率へと移行する日本の改正は、世界の研究者にとってミステリーであるといったことは、こういった数字からも読み取れるだろうと思います。

新聞が軽減税率の対象

新聞が軽減税率の対象となったことについて、疑問をお持ちの方も多いのではないかと思います。新聞報道の中では自分のことですから言いませんけれども、新聞以外のメディアでは、なぜ新聞が軽減税率なのだ、自分たちの税金が安くなるから軽減税率導入に批判的な記事を書かなかったのか、といったアンチテーゼが見られます。

たとえば、お好きかどうかはわかりませんが、池上彰さんという、もと新聞記者で今テレビに出ているおじさんがいらっしゃいますが、彼はウエブ上で、新聞は、軽減税率をもらって、税金をまけてもらって、ジャーナリズムの魂を売った、そんな批判がある、とコメントしていらっしゃいます。

色々なご意見があるとは思いますが、税理士会としては、軽減税率についてこういった評価でございます。

ありがとうございました。

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