介護施設経営の困難をやりがいに変えて

社会福祉法人マイクロ福祉会 理事長

マイクロ株式会社 取締役会長

伊藤 弘子

皆様こんにちは。ご紹介をいただきました伊藤弘子でございます。高橋権也先生からのお話をいただき、本日、お話をさせていただきます事をとても光栄に思っています。ありがとうございます。

タイトルを「介護施設経営の困難をやりがいに変えて」というタイトルにさせていただきました。高橋先生からは伊藤さん、介護施設経営の苦労話をしてというふうにおっしゃったんですが、私は経営をして苦労と思ったことはございませんので、「先生、困難をやりがいに、でよろしいですか?」ということでこういうタイトルにさせていただきました。

<はじめに>

私は、経営者として今年で46年目になりますが、その46年の流れをまず簡単にご説明をさせていただきます。起業は1973年に有限会社伊藤製作所として松下電子部品、今はパナソニックとなっていますが、松下電子部品のお仕事をスタートいたしました。その後、有限会社から株式会社に、そしてマイクロテスト株式会社とし、現在マイクロ株式会社に社名変更し、現在に至っております。その間、ずっと無借金経営だったんです。お正月に10年ビジョンを語る会というのがございました。その時に私は何をしようかなと思ったとき、「本社ビル建設」ということを目標に掲げました。そして、目標として10年ビジョンがおかげさまで3年半でその夢を実現することができました。順調にお仕事は推移して参りましたけども、転換期が参りまして、2001年にパナソニックさんの海外進出という時代です。中国に海外進出をされ、私どもの仕事は、「平成13年9月31日をもって取引を停止」という紙1枚で取引停止になりました。「うちの仕事を持っていく中国ってどんなところやねん!」と思い、中国に行って現状を見て参りました。すごかったんです!! 私共は、マンパワーの仕事をしているんですが中国の人口たるやすごい!!「ああ、これは私どもでは勝てない!」と腹をくくることができました。2年前に本社ビル建設をいたしまして、初めて銀行から融資を受け、月々100万円の返済、社員を20名雇用中、仕事はゼロ。本当に地獄、修羅場を味わいました。で、松下さんが「伊藤さん、中国に工場を作るし、一緒に中国へ行って、マイクロで検査の仕事をやってください」と言われました。でも、私はその時、子供が高校と大学に行って、子育て中なので、「いや、それはできません」とお断りをしました。そしたら松下さんが「え!!」とびっくりされました。仕事はゼロになり、私は途方に暮れながらも、何とか仕事を探そうと、毎日営業に明け暮れました。

<介護事業へ進出>

2003年、平成15年から転換期で介護の異業種進出をいたしました。私は中小企業家同友会に所属し、そこの経営委員会で経営理念成文化作成を担当し、その啓蒙活動をしていました。東京からいらっしゃったコンサルの先生が、「伊藤さん、マンパワーの仕事は衰退産業ですよ」と言われ、そうやなとマンパワーの仕事は中国に勝てへんと強く思いました。その時コンサルがおっしゃったのはこれからの成長産業は三つ、環境、教育、福祉。という事でした。そして、大阪で建設業をしている弟が「株式会社でも、介護事業ができるようになったんやで!今、介護施設を三つ作ってる」と言われて、成長産業の福祉かと思い、藁にもすがる思いで、その施設を見学に行きました。専務を連れて7月29日の、猛暑で気温40度という中です。それを見たときに私がこれからする仕事は「これや!!」、30年間経営でお世話になった皆様、世の中にお返しする仕事は「これしかない!!」と心で叫んだ瞬間でした。でも、介護事業とはお金があっても、人がいても、土地があっても、もろもろ条件が揃っても指定事業なので、国から指定認可をいただかなければなりません。まず宇治市に申請に行きました。「実績ないやん、伊藤さんあんたが作ったん見せてもろてからや!」けんもほろろに断わられ、余計、私の気持ちに火がつきました。それから長岡京市、向日市、宇治田原町、京都市、城陽市等にも行きました。そして城陽市で初めて受けていただいて、公募に参戦して落札し、2003年に一番最初の「グループホームまごころ城陽」をオープンすることができました。その時に医療連携として高橋権也先生にお世話になったわけです。それから7年間一心不乱に施設7ヶ所、サービス別の事業所といたしましては12事業所を開所させていただきました。でも、グループホームは、認知症の方々が共同で生活をお過ごしになる場であって、人生の終末期を過ごすところではありません。ある時社員が「社長、特養を作ってください」またご家族様からも「マイクロさんで最後までお世話になりたいので、ぜひ特養を作って下さい」と強くご要望をいただき、決心いたしました。しかし、特養はですね、1000坪いるんです。100人収容、100室作りますので、土地がなかなかありません。その前に特別養護老人ホームは社会福祉法人格を取らなければいけません。

<社会福祉法人設立>

2011年に「社会福祉法人マイクロ福祉会」を設立しました。この設立をするに当たりまして、京都府の介護福祉事業指定担当者の方から言われたことがあります。「伊藤社長、実は株式会社が社会福祉法人格を取得するというのは、京都府ではほとんど例がないんです。恐らく日本でも少ないと思います。しかしながら、設立認定審査委員の皆様方から、マイクロさんは何かやってくれそうだ!株式会社が参入することで新しい風を吹き込んで欲しい、風穴を開けてくださいと伝えて下さいと言われましたよ。」と仰っていただきました。「ああ、そうなんや、有りがたい!! 頑張ろう!!」と強く思い気を引き締めました。そして1,000坪の土地を手に入れ、諸条件を整えて公募に参戦しました。電話帳のような分厚い申請書類を作成し、何ヶ月も京都府庁まで通い、60名余りの介護職員を雇用し、融資決済に奔走し、理念や20年分の事業計画をクリアし、やっとの思いで公募で落札したわけです。竣工式には京都府知事や宇治市長にもお越しをいただき、激励していただきました。

<今後の課題>

今後の課題でございますが介護人材の確保は重要です。本当に介護人材は不足しています。これからもっともっと超高齢化社会が訪れます。認知症の方が増えます。独居が増えます。そういう中において、私たちはどう介護事業を展開していくかということです。困難な介護人材不足のなか、これからの2025年、団塊の世代の方がいよいよ介護が必要とされる時代が必ずやって参ります。その時は国がいつも言っているように38万人の介護スタッフが不足します。じゃあ、それに対応するべき私たちはどうしたらいいのか。私共は、外国人実習生を受け入れるべく、介護サービスの組合を設立して、外国人実習生を受け入れしようと今年1月10日からベトナムへ視察に行って参りました。しかし外国人受入れに関しては、今後の課題です。そして、今後の高齢者ですが全国で現在250万人ですが2025年、その団塊の世代の方が使われるようになったら320万人と推定されています。高齢者の世帯の7割が一人暮らしと高齢者の夫婦で占められます。中でも一人暮らしの世帯は37%、680万世帯になると言われています。その中で国はどんな政策を打っているかと言いますと新オレンジプランを制定し、安倍首相はそれを認知症対策として打ち出されました。又宇治市は認知症フォーラムで「認知症の人にやさしいまちづくり宣言」をされました。世界が日本の高齢化対策に注目しています。今、日本の60歳代の女性の方の60%が96歳まで生きる時代が来ると言われています。私は特別養護老人ホームを作るときに京都府との事前協議の中で、日本はもちろんのこと世界から見学に来ていただくような特養を作りますと公言して参りました。つまり私たちがこれから使う特養はですね、スマホも使います。パソコンも使います。そういう文化的要素を兼ね備えたところ、そういうところを作りますということで設立してきました。一昨年タイからの使節団見学者40名、通訳5名、関係者10名、計55名の方がバスで当施設をご訪問いただきました。また、韓国からの視察もありました。韓国はこれから介護保険をスタートするということで、国のその担当の方々、病院関係、又大学生のこれから伸びようとしている人などが来られましたがその大学生の中から、視察団の中で初めての質問が「高齢者を相手に黒字の経営ができますか?」という質問だったんです。「介護保険の仕組みどうなっているんですか?介護スタッフは介護技術をどう身につけるんですか?という質問等を私たちは想定していました。初めから意外な質問を受けて「ああ、他国の高齢者事情にも黒字でなければとそんなところに関心があるんだな」と思いました。私は、黒字経営は全ての経営の基本だと思っています。黒字経営だからこそワンランク上のサービスも可能だと思います。スウェーデンからも見学に来ていただきました。福祉と言えばスウェーデン、先進国です。私共は、驚きと感動の中でお迎えしました。

<総括>

私たちは、今後どの様にして介護事業を進めていくかと考える中で介護スタッフが魅力的な存在になること。そしてクオリティの高い人材を育てることが重要と思っています。また、多様な人材を受け入れていかなければ日本人だけではスタッフの数が間に合いません。と言いますのは法令に於いて人員配置基準が決まっているんです。この施設にこの規模ではスタッフは何人配置をしなければならないとか、その他細かく決まっています。人が足りない。それでも益々高齢化に向かう中でご利用者様に寄り添ったケアをするにはどうしたらいいか、今後も続く課題です。

<地域密着>

グループホーム・デイサービス・小規模多機能ホームは、地域密着型介護サービスとされ、周辺地域の方が利用される施設です。特養は広域型の介護サービスと位置づけられ、受入れ範囲が広がります。どちらのサービスも地域の福祉施設として多くの方に知っていただく事が重要で、いざ介護で困った時に「あっ、マイクロさんに相談してみよう」と利用して下さるよう、地域に愛される施設づくりを目指しています。

<行政に対して>

コンプライアンスの遵守、法律に基づいた規定があるのでこれに沿った介護を行います。決められた事に沿ったものをケアプランとしてチームケアをする。創意工夫をし、安心・安全を基本にお客様にご満足のいく寄り添ったケアを実践して参ります。それから施設は宇治市がその年度で事業計画を立て、現状の必要数を見合わせながら決めていかれます。それに対して各々の事業所が各々の対応をして参ります。

<銀行に対して>

私たちの仕事は、施設を作りご利用いただくわけなので、銀行さんの応援なくしては、仕事はできません。介護事業進出で最初の「グループホームまごころ城陽」建設のときに、銀行さんに対し本当にありがたい、一生忘れられないことがありました。と申しますのは、城陽市でのグループホーム公募にあたり、銀行からの融資が必要でした。城陽市役所さんは、事業資金計画書を見るなり、「この資金計画で絶対に融資を受けられますね?」「では、銀行さんに、必ず融資をしますという確約書を貰ってきてください」と仰いました。すぐに銀行さんにお願いしましたところ、銀行側は「そんなものを出したことはないんです。上にあげましたけどもそれは出来ません」と言われました。私は、支店長さんに「確約書がなければ、もうきっと公募でも落札出来ないと思うんです。ここが一番大事なところなんです。」と粘り強くお願いいたしました。すると「わかりました。伊藤社長、僕が行って説明します。」と言っていただいたんです。早速、同行して下さり、「このマイクロさんはずっと継続的にご利用いただいてます。きっちりとした経営をされているし、今まで間違えも1回もないし、これからも発展的に事業をされるというふうに当行は思っています。従ってこの融資は絶対間違いありません。」と言っていただきました。その結果、城陽市でのグループホーム第一号が落成しました。この支店長さんのお陰で、介護への進出ができ心より感謝し、一生忘れる事のない出来事です。

<社内に対して>

経営理念に基づいた経営です。

経営理念

・限りなき挑戦を行い地域貢献度の高い企業を目指す。

・私たちは仕事を通して夢と希望と幸せを追求します。

この「経営理念」に基づいて、毎年今年の戦略、事業計画を立てます。先程、ご覧いただいた事業所、18事業所は全部それぞれで事業計画を立てそれをPDCAでまわして実現に持って行きます。高い目標を掲げるをモットーにそれぞれの事業所が掲げるんです。会社から指示する事は一切ありません。介護はチームケアですのでその事業所が心一つになってケアをしていかなければお喜びいただけるようなケアは絶対できません。「チーム全体が心一つ」を大事に思っております。

<事業継承>

昨年5月15日に息子に事業継承いたしました。事業継承する前に3年位、彼の行動、言動等細かく観察していきました。私は息子に帝王学をということで教育したことはありません。私が出向く所、行政、銀行、会社さん、いろんなところに必ず専務を同行して私のやっていることを見て学ぶと言うことをさせました。そしていよいよ事業継承をいたしましたが売上も下がることなく今、順調に推移しております。

<お客様に対して>

我が社のお客様の定義は、「ご利用者様とそのご家族様をお客様とする」と位置付けております。お客様に対しては、国のオレンジプランによって寄り添ったケア、笑顔溢れるケア、常にお客様に向いた仕事をするようにし、また安心・安全を基本にチームケアを心がけています。

<最後に>

介護保険の仕事は全国で収入は決まっているので同じです。しかしその中でもビジネスチャンスはあると思っています。いろんなところに気配り、目配りをし、理念に基づき、社員とともに感謝の気持ちを大切に心一つで頑張っています。お客様の満足度を一番と考えております。お客様の満足以外にこの仕事は成り立たないと思っています。ところで、私は今までいろんな人に出会い、助けられてきました。製造業からの介護事業です。全然関係ない異業種の仕事です。今まで物づくりばかりを向いていた私が、今度は介護に向いていくわけです。介護進出にあたり、北海道から九州鹿児島まで研修があるたびに大きな施設を、いろんなところを見て回り勉強をしました。でもその中でいろんな人にめぐり合い困った時にはいろんな人にサポートしてもらいました。例えば先程申し上げました銀行の支店長さん、そして特養を作るときに1,000坪の土地を用意しなくてはならない。どうすんねんというときにたまたまお知り合いの社長さんが向こうから歩いて来られて、「社長、1,000坪の土地がいるんですよ。何処かありませんか?お願いします。」から始まってお話がまとまった経緯がございます。困った時に、サポートしていただきながら今の自分があります。その中でもとても大事なことの一つが家族の絆だと思っております。主人、子供たち二人、その婿とか嫁とか、家族が私の仕事を応援してくれています。そういう固い絆の中でこの事業経営ができると言うことは私にとって本当にありがたいことと心から感謝をしております。介護経営の私のコンセプトは「自分の親を入れたい施設を作る」です。ハード面もソフト面もそうです。又その中でとても大事なことは黒字経営を継続的に行っていくということです。お客様に対し、黒字経営の中でクオリティの高いサービスをご提供する、それを目標に掲げ今後も社員全員で事業運営をしていきます。介護への異業種進出をし、10年で施設9ヶ所、事業所15ヶ所、社員320名、お客様延べ580名になりました。この結果を成し得た事は、全て皆様のおかげです。感謝の気持ちでいっぱいです。今後、益々精進して参りたいと思っています。これが「私の介護施設経営の困難をやりがいに変えて」です。ご清聴ありがとうございました。

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