外国人が語る“うるし”

漆芸作家

沈 明姫

紹介いただきました沈 明姫(シンミョンヒ)といいます。私の漢字の名前をご覧になられた方が<ちんめいき>と呼んでらっしゃいましたが、韓国ではシンミョンヒといいます。日本に来て今年でもう21年目となります。韓国で大学を出てから来日し、21年目で、まだ韓国の方が長いです。私の歳って微妙な感じで、今日ここへ来る前までも年取ったなと思ったりしましたけれども、ここに来てみますと私よりもはるかに先輩方がたくさんいらっしゃるんで、今日はちょっと失敗をしても、皆さん心を広くお許しください。

今日の演題を“外国人が語るうるし”としました。漆を専攻しているんですが漆というと日本ですね。英語でうるしのことをなんというか、皆さんご存知ですか。小文字で“japan”と言うんです。

それぐらい日本は、漆の代表的な国であるということなんです。これは私が日本に留学に来た理由でもあります。最初私が漆を専攻した理由は、韓国の大学に入ったら、日本で漆を学んでこられた先生がいらっしゃいました。その先生の漆の作品を見て “なんて最先端なんだ”と思ったんです。日本だと漆文化は生活の周辺に結構ありますが、韓国ではそうではないんです。初めて先生の漆作品を見た時に、今まで接したことのないすごく新しい世界だったので、何も考えずに “これやってみよう、新しいし”と思いました。しかしその世界に入ってみたら、何のなんの、新しいどころか勉強しても、しても、キリがないぐらいの古い世界だったので漆を始めて26年目になるんですけど、いまだにわからないことがいっぱいです。まず漆と言いますとお椀、今日の食器の中にもあったんですけど、木器の上に塗りをする塗料としての漆だと皆さんはご存知のことと思います。

大体、日本の大学もそうなんですけれど、韓国の大学でもいくつかの学校に漆の専攻があります。大学でやっている漆の大半は、立体造形なんです。立体を作るということは、大変なことなんです。液体はまず、形を持たないものなので、それでもって形を作るためには、何か芯材となるものが必要となります。私は、多分日本に古くから根づいている漆文化について、あまり分からないし、固定概念がない外国人だから、人とは違った見方や発想が出来たと思います。まず、漆ってとにかく時間がかかるもので、この時間がかかっていること自体がイライラしてどうしようもなかったです。これが研究のスタートだったんです。こんなに時間がかかっているんじゃ漆文化って衰退する一方で、もうすでにあまり皆さんも生活の中で漆って使わなくなったと思います。

漆は作る手間と時間がかかるので、当然高価なものです。しかし、他の工芸領域に比べると造形が単調で、現代人の美意識に応えることはむずかしいところがあります。このままじゃいけない、従来の作り方を否定するわけではないんですが、このまま作り続けることも納得がいかなかったです。

京都芸大の博士課程において、日本では現在使われてない技法を開発してしまったのですが、といいますのは、私にとって大きな幸運となったある古典との出会いがあってのことです。

準備した資料をもう少しわかりやすく説明します。

その技法は全くゼロから、編み出したわけではありません。実は奈良時代には存在していた技法だったんですが、現代に来ることによって途絶えてしまった、もったいない技法だったんです。それがなぜ途絶えてしまったかというと、その内容についてはまだ解明されていませんが、私が予測するのに、今でこそ手づくりという言葉はすごく価値あるようになっていますが、昔は手づくりが当たり前で、機械作りが画期的だったと思うんですね。木をろくろでくり抜くという方法が最初登場した時は、その新しい文明に関心が集まり、手でコツコツ作っていた方法が一気になくなってしまい、私が今、使っている技法も一緒になくなったんじゃないかと思うんです。

その技法は、‘巻く’という字と胎児の‘胎’という字を使って「巻胎(けんたい) 技法 」 と言います。なぜか漆の骨組みとなるものを‘胎’と言いますが、例えば、木を芯材に使う場合は木胎(もくたい)、陶器の上にも塗るんですが、これを陶胎(とうたい)、竹籠を編んだ上に塗りを入れると籃胎(らんたい)、紙の上だと紙胎(したい)と言います。

巻胎(けんたい)は、木を薄くスライスして、 さらに細くて長いテープ状にして、くるくる巻いて器を作ります。昔だと多分裂いていたと思います。実は昨年の NHK の“日曜美術館”という番組にちょっとだけ出演して巻胎技法について説明をしました。巻胎技法をわかりやすく説明しますと、木というのは乾燥や湿気によって変形します。特に器のように薄くくり抜くと狂いが起こりやすいです。一つの塊の木からくりぬくとどこか1箇所が変形すると全体に響くので、湿気などに影響され、変形によるゆがみやひび割れが出来ます。ですので、長い期間保持するのは難しいです。木地の上に塗りをどんなに頑丈にしても100年、1000年が経つと狂いが起こってしまって、例えば漆の表面に貝殻や金属を貼って装飾をし、後に芯材が狂うと、表面の装飾は剥がれ落ちてしまうんです。しかし、正倉院には1300年前の漆器の表面装飾が、そのまま綺麗に保っている漆胡瓶(しっこへい)という水差しがあります。塗りは不透明なので一番外側を塗ってしまうと中がどうなっているかわからないんですね。 漆胡瓶(しっこへい)のなぞをとくため、Ⅹ線を通して中の構造を調べて見ました。調査の前は、竹なんかで編まれているんじゃないかなと推測されていましたが、Ⅹ線に写っていたのは何重もの横筋でした。なんとこれは 薄いテープ状の木が巻かれていたのです。私は漆胡瓶の研究にはかかっていませんが、もう1点、漆冠笥(うるしかんすう)という1300年前の聖武天皇の冠を入れていたとされる箱があるんですが、その復元模造と並行して巻胎技法の構造解明や研究をしたことによって、今の仕事にたどり着いたわけなんです。

今私が用いている技法の特徴を言いますと、とにかく狂いが来ないです。1300年経った今でも狂わないまま綺麗に保存されている漆胡瓶がこのことを証明します。そしてろくろ引きだと左右対称の円形状の形にしか削れないのですが、巻いて作ると造形的には非常に面白く、しかも早くできるんです。私にとっては早くというのはすごく魅力的なことだったんです。日本の方はすごく真面目で時間がかかることを恐れないですよね。それは尊敬すべきところでもありますし、学ぼうとしてもなかなか思うように行かないのです。特に韓国人の多くは、はやくやってしまおうとする習性があります。しかし日本の方は仕事の終わりを求めていないように感じることがあります。そしてその仕事は代々受け継がれていくのでしょう。工芸領域にいる私にとって、非常に尊敬すべきところだと思っています。

私の作品をご覧ください。

現代の美術領域において表現活動に携わっている人々の多くは自己の哲学的美学的内面の作品観に偏りすぎているように思います。既に存在する技法・手法を用いながらですね。。。。

美術は、元来、手によるものであり、だからこそ表現に直結する、技法の工夫や新しい素材の研究、そして改善すべき仕事に真剣に向き合うことは、とても大切だと思います。

工芸は人間の生活に最も密着し、生活を豊かにできるアートであることを現社会が再認識することを望んでいます。

高度に機械文明化された現代において、日々提示される新素材や技法の中で、ともすれば見落としてしまいがちな古典の技法から新たな造形世界を発見できたことは、伝統の手仕事技術を単なる過去の遺物とすることなく、生まれ変わった漆作品を遺すことで、手仕事の命を次の世代へつなぐという大きな目標に出会えたと思います。

先人への畏敬の念を心に刻み、アジア固有の華やかな文化に携わっている者として私は今幸せを感じています。

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