版画について

2019、12、12 

美術作家 大学講師

熊谷誠

皆さんはじめまして。熊谷誠と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。私は現在京都精華大学、岩倉にございますが大学の方で版画の講師として学生に版画の指導をしております。私も精華大学は母校でございまして大学を卒業した後、大学のほうに残って講師として今も後輩に指導しております。本日、お誘いいただきました石津祥治さんとは町内で近くに住んでおりまして小さな頃から一緒に遊んだり、その後、地域の活動でもご一緒させていただいたりしまして親しくさせていただいております。以前から私のアート作品、美術に関する活動に石津さんは興味をお持ちいただきまして今日もこのような会にお招きいただけて大変光栄に思っております。ありがとうございます。私は版画技法の中でも銅版技法、 エッチングを専門的に勉強して参りまして今日は作品を持ってきました。版画と言いましても非常に幅広く、今はこのような作品を作って活動しております。少し版画についてご説明して、それから私が現在、どういう作り方をして、作品を作って活動しているのか、お話します。

大学時代に銅版版画を勉強し始めました。今日は実際に刷っている版を持って参りました。銅版の赤茶っぽい、この銅版に直接溝を彫ってそこにインクを詰めて紙に転写する。印刷の技術で転写して作品を作ります。版は小さいのですが実際に刷る紙の大きさはその何倍も大きくて、かなり周りに余白を取り、実際の作品になります。美術館なんかでも展示されている版画の作品は額に入っておりまして、余白が結構広く取られていますがこれは実際に版画の作品そのものの紙の大きさがそれだけ大きいということです。それを切るわけにはいきませんのでそのまま額に収めるとどうしても周りに空間ができます。額の中にポツンと版画の作品があるのはそういう理由です。この余白を取る理由といたしまして、版画のルールがございまして、絵の外側、ここに自分の署名サインをします。

ですから、そのために周りの余白をとるわけですが左下の端に分数が書かれてあります。本日、お持ちした作品には4/5、分母5がこの作品は5枚しか存在しませんよという意味です。分子は5枚作っている内の4枚目に刷られた作品だという意味でございまして、この分母の部分が作品によって様々です。

作家によりましては100枚であったり、200枚、300枚、分母の部分は変わるんですが1枚目から分母の枚数までが限定分数として印刷されます。これがエディションナンバーというもので版画はこの原版がありますと際限なく印刷することが可能なんです。作品を販売する場合、その限定部数を設定しています。設定することで版画作品が際限なく刷れるのではなくて、その数しか存在しないという、そういう意味で希少価値を高めることでこのナンバーは非常に重要になってきます。このエディションナンバーとそのサインを書くためにこの余白分は重要なんですが、それにしてもかなり広い面積があります。これは通常の美術館で版画の作品を保管する場合はブック形式をとりまして、中性の紙で挟み込んで直射日光や紫外線から守って室温を一定にした状態で保管します。それでも通常コレクションした中でも周りから紙は劣化してちょっと変色して参ります。黄ばんできたりします。この回りの余白は紙の劣化を防ぐために作品に到達するまでの時間を稼ぐ。そういう物理的な意味合いも持っております。

作品の部分を紙の劣化から防ぐという意味合いもあり、周りにはかなり広い面積を持つということで版画作品が作られております。これより私の作品をご覧いただきたいと思います。

私の作品は非常にシンプルな形をとっております。なぜこういう作品に至ったのかを含めまして私の学生の頃からの作品との出会い、作ってきた過程をお話します。

版画技法は銅版画が金属に溝を彫ります。もともとはヨーロッパのほうで中世の甲冑、よろい、兜にいろいろ装飾的な植物のガラですとか、模様を彫っていましたが当時甲冑ができて納品したら手許にはデザインした美しい 模様を残すことができませんのでその甲冑に彫った模様にインクを詰めて紙に写し取る。そうすることで次のお客さんに対してこのようなデザインができますよと言う広報の部分もありまして印刷する版画がそこでも活用されていたり、当時の版画の工房でアーチストが作った作品をより多くの皆さんに広める意味で版画の技術はその頃からどんどん発達していきました。その後、歴代のアーチストたちがピカソ、ムンク、ゴヤ、シャガールなど版画の作品は非常に沢山作られています。そのようにして版画作品がどんどん認知されて芸術性を高めてまいります。現在はその印刷技術の部分はさらに発展を遂げ、家庭のパソコンのプリンターでもかなり高い性能の写真印刷ができるようになりました。大学の方でも大きなプリンターで写真を出力する機械がございます。以前は印刷する紙も限られていたので印刷後の加工が難しかったんですが今は版画が刷れる紙を大形のプリンターで出力することが可能になってきて、つまりデジタル的な写真、そういうデータとアナログの版画を融合されるということがスムーズにできるようになってきました。今の学生の皆さんはデジタルとアナログの手づくりの部分をうまく融合させて、作品を作ることが身近な方法としてどんどん版画技法の広がりが進んでいるように感じております。その中で私はアナログオンリーというか、あまりデジタルには融合させたりはせずに作ってきましたがイメージ、家の形ですとか、椅子の形、シンプルな作品になるターニングポイント的な、ある出来事が学生時代に起こりまして、それはやはり指導していただいた先生との出会いが大きかったです。当時、精華大学に客員教授で1年間だけ指導に来られていたドイツの銅版画作家でヨルク・シュマイサー先生が来られていました。先生のゼミに入り、1年間ご指導をいただきまして非常にコントロールしにくいこの銅版画の技術を巧みにコントロールされて、ああ、こういう作品世界がつくれるんだなと魅了されまして尊敬の念で先生のような作品を作ってみたいなと言う思いが沸々と湧いて参りまして、どんどんそこから銅版画の世界にのめり込んできました。その頃は少しでも先生に近づきたい思いがございまして頑張って作っていました。ある時、ふとこのまま追いつこうという思いで頑張ってやって行っていいのかな、疑問が湧いて参りました。そのまま頑張ってやっていったらよかったなと思うんですが少しそういう疑問が出てきた時からどうもそういう考えが膨らんでいって、その先生が作られている伝統的な方法を使って作らずにもっと自分なりの違う道を進まないと自分の作品が作れないのではないかと思い始めました。その頃から従来の方法だけを取らずに自分なりに工夫した版画の使い方をやって行こうと考え、作り始めてから現在まで続いています。当時、銅版画を作る版画で版画工房が大学に広いスペースであります。その中で銅版画を切り出すスペースがあります。買ってきた銅版を絵の大きさにカットする機械なんです。金属を切るギロチンのような刃の大きい機械で足踏み式のペダルの力で切り落とすような機械で必要なサイズにカットして作品を作るためのものです。その横にごみ箱がありまして切った後の細長いもの、変形しているものをどんどん捨てていくごみ箱が置いてあり、いらなくなった銅片がたまっていました。その時に従来のやり方ではだめだと思い込んで、何か別の手立てを見つけたいなと言う中でひょっとしたらこのごみ箱の中の破片を使って作品ができないかと思うようになりました。その頃の考え方で作った作品が椅子の形をしている作品なんです。この椅子の形は背もたれや足の部分なんかもバラバラになっています。パーツにわかれておりまして印刷するときだけ組みたてて椅子の形にする作品です。ですから刷ったあとでまたバラバラになってしまう。本来、版画作品の四角い画面の中に絵を描いていきますがこのときのアイデアで作った作品は版そのものが作品の形になるというそういうアイデアで作り始めました。ここから版画、版という考え方を自分の解釈で考えていろいろな物に応用することもできるのではないかなと思い、紙にするだけではなくて、布や紙以外の素材にも印刷したりして型を変形させたり、 2m、3m の巨大な作品を版画を使って制作したりするようになっていきます。その中で版画の考えを応用して制作するというのが基本に考えるようになりました。これら家の作品は油絵でございます。これも版画を応用した作品で油絵は従来、筆跡などの迫力を生かせて、キャンパスに描くのが基本なんですがこの作品は非常に平らな面を意図的に作りました。家の形は筆で描いているのではなく型紙のような、家の形の版を作り、それを作品の上からかぶせて上から絵の具をつけるやり方です。その際にこれが銅版画で使うゴムローラーで本来は版画の上にインクを均一にのせるためのローラーなんですがここに油絵の具をつけまして作品の上に転がしてやると筆ではできないような非常に平ら、フラットな画面を作ることが実現しました。何層も絵の具を重ねながら下の色を出したり、削り出したり、そういうことを繰り返しながら版画用の本来絵画の製作には使用しないゴムローラーを絵画に生かす発想で作った作品です。近年、さらにその発想を展開してグレーの黒い鉄でできた物は鋳物です。鋳造の技術でこの作品は作っています。黒い塊の作品は大学ノートを縮小したようなページを何層にも重ねた、そういうノートのをメージした作品で、また、これは絵画でも描いていますが家の形、これを立体化したものです。私に鋳造の技術はございませんので三重県のいなべの職人さんと一緒にこの作品を作りました。原型まで私が作り、その後は鋳造の職人さんと打ち合わせをしながら鉄に置き換えてもらうことをしています。砂型を使います。非常に粒子の細かい砂形で型をとられますので原型はこの大きさなんですが鋳造型はこの3倍ぐらいの大きな型を作られます。実は型どりをするのでそこに鉄を流し込むわけで作品を取り出すときにこの型は砕いて出します。ですから型はあるですが一点しかできない、そういう作り方で、これも版という考え方を応用して彫刻作品に生かす発想で作った、そういう作品でございます。今は主に関西で発表しながら、大阪の展示が多いんですが個展の時にはこういう立体物とか油絵の作品、版画の作品なんかも配置しましてより全体で体感していただけるような作品、世界を見ていただきたい思いで活動しております。こういう個性的な形を排除しまして、シンプルにしております理由は子供の頃に見ました風景、今はもう住んでいる地域はだいぶん建物が建ったりして様変わりしましたが子供の頃に見た畑や田んぼが一面にあってその中にぽつんと農機具のしまってある小屋が建ってあったりして、そういう原風景的なことが今の私の作品に繋がっているのではないかと思います。形をシンプルにすることでご覧いただいた皆さんがどこか旅行に行った時に見た風景を思い出されたり、小さい子供の頃に見た風景を思い出されたり、そういう物事を思い出されたりというような、そういう接点を作ることができれば私が思い出を作品化したのと同じようにご覧いただく皆様からも昔の思い出みたいなことを想像していただける、そういう作品になればなという思いでございます。できるだけ個性的な形は使わずにシンプルな形で作るように心がけているのがこのようなシンプルなイメージにする理由なんです。いろんな版を使った展開をやってきた中で今回改めて自分自身のこれまでの自分の作品のルーツをもう一度考えのなおすもさせていただく機会を頂戴することが出来て大変うれしく思っております。今後またこれを期に原点に戻ってまた新たな展開、応用を考えていきたいなと考えております。本日はありがとうございました

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