違和感を抱かえる子どもたち

2020.2.27

社会福祉法人あけぼの会

登りこども園 教育コーディネーター

出江英夫

こんにちは。ただいまご紹介いただきました社会福祉法人あけぼの会の教育コーディネーターをさせていただいております出江英夫と申します。

本日はこのようなお席でお話させていただく時間をいただきまして本当にありがとうございます。30分という短い時間ですけれども、皆さんもゆっくりされたい時間かなとは思いますが、少しおつき合いいただけたらなと思います。

また明石家さんまさんが「ほんまでっか TV」というのをやっていますが、あれと同様「まあ、こういう考え方もあるのか。」というぐらいに聞いていただけるとありがたいかなと思っております。

まずは先程も紹介していただきましたが、もう少し自己紹介させていただきます。

私は昨年度まで行政と行ったり来たりしながら37年間体育教師として勤めて参りました。途中で一時小学校に行ったりしたこともございますし、府教委に2年、それから知事部局の方にも3年ほど行かせていただいたりして、宇治市では教育支援課というところで2年間お世話になったことがございます。

今日はドレスコードがあるということで、散髪まで行ってきましたが、ふさふさとしている頃の写真なのでちょっと違うかな、女子のバスケット部を持ったり、男子のバスケット部を持ったりして18年間バスケットボール部の顧問をしておりました。野球部の方も3年間持たせてもらったこともあります。

突然ですけどもみなさん方は部下の方をどのようにお呼びになりますか。「何々君」というふうにおっしゃるのか、或いは「何々さん」とおっしゃるのか、会社によっては呼び捨てで、「おい、何々」とおっしゃる方もおられるかもしれません。

小・中学校時代はおそらく皆さん呼び捨てで、呼ばれていたのではないでしょうか。私なんかは「いずえ」と呼ばれていました。特に部活の時は呼び捨てされてこられたのではないかなと思います。私の場合は体育の授業でも部活でもほとんど呼び捨てでやっておりました。当時は自分自身の気持ちとしては、身内は何も敬称をつけないので身内のようなつもりで呼び捨てにして話をしていました。女子を持っても男子を持っても同じように呼び捨てでした。

余談ですが中学校の体育教師は男性が多いので、自分の担任している学年は男子を持ちますけども他学年を持つ時には女子を持ちます。国語や算数、数学の教師でしたら自分のクラスを持って、自分の学年をもって、クラス単位で持ちます。体育の場合は男女別修でしたのでそのようになります。何気ない発言がハラスメントになるような時代ですから女子の授業を持つとなかなか大変でした。女子の水泳の授業を持ったことがありますが、水泳は見学する生徒が多いので、「何で見学すんねん」と聞くのにもちょっと気を遣ったような、そんなことを覚えています。例えば部活で女子の部を持ちますと、「足を痛めたからテーピングをして欲しい。」と申し出られることがあります。そう言われてもうかつに体にさわることができなくて、「ちょっとさわんで。」「足さわるで、どこが痛いんや。」というふうにやらないと後で何を言われるかわからない。本人との信頼関係はあっても、周りで見る人からは「何してるんや」という目で見られます。大変気を遣いました。その点、男子を持った時は気が楽でした。男女、こうも違うものかなと思ったのを覚えています。その頃は男性、女性ということをはっきり区別しておりまして、今からお話するようなことは全く気にしておりませんでした。

話を戻します。一定の年齢になりまして、教頭として小学校に勤務するようになると自分のこれまでのことは棚に上げて、教員が児童をどう呼んでいるのかが大変気になりました。小学校に最初に勤めたのは、大学卒業してすぐに講師をした時です。京都市内の小学校に行きました。その頃は平の教員として入ってますので同じように呼び捨てにしていました。次に小学校に勤務した時は管理職、教頭で入りました。宇治市内の小学校でした。その時には、どう呼んでいるのかなと気になりまして、そう、呼び捨てにしているのが気になりました。教師は偉そうな言い方をすると感じられる方もおられると思いますが、そこでは呼び捨てにしていることがほとんどでした。自分が若かった頃と同じように親しみをもって呼び捨てにしているのかなと思われる場面もありましたけど、必ずしもそういう事ばかりではありませんでした。

ところが、最後に校長として勤めた学校では子供を呼び捨てにしていませんでした。低学年は「君」「ちゃん」。高学年になりましたら「何々君」「何々さん」と呼び分けていました。叱るときは「何々!」と叱っていたと思いますが場面が場面ですのでそれはそれほど気にはなりませんでした。

そんな時、ある新聞記事が目につきました。 「『LGBT』 は13人に1人いる」という見出しでした。皆さんご存知のとおり LGBT とは性的マイノリティーを指す言葉です。この割合はざっと 左利きの人と同じぐらいの割合だといわれています。改めて説明するまでもないと思いますがL はレズビアン、女性同性愛者、 G はゲイ、男性同性愛者、そしてBはバイセクシュアル、両性愛者ですね。Tはトランスジェンダー、出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人。これらの頭文字をとった呼称で、性的少数者、セクシュアルマイノリティーともいわれますがこれらの方々を指す言葉です。他にもインターセックス、これは体が男性でも女性でもない、男性でもあり女性でもある、医学的に男性と女性の区別に合致しない人のことで、染色体パターンや内外性器も男女の性別と区別できない状況の方もいらっしゃいます。

それから他には、 Q、性的マイノリティーの総称でクエスチョニング、自分のセクシュアリティーを特定することを避ける人、嫌がる人、名づけようとしない人、Aアセクシュアル、無性愛者などもあり、これらを含む呼称として LGBTI LGBTIQs LGBTIQA  なども使われているようです。ある新聞に結婚している夫婦間でも相手には体を触れられるのも嫌だという方が、自分はアセクシュアルだとおっしゃっているという記事が載っていました。(改行)

「性的指向」や「性自認」という言葉を使わせていただきました。  

性の多様性について理解する指標としては、「性的指向」好きか、嫌いかという事ではなくて生来的に性に関する関心がどういう方向に向かっているのか。「性自認」自分がどのような性別であるか、又はないかについての認識。「性表現」髪型、服装、しぐさ、「性的特徴」染色体や生物学的な男女の違いです。筋肉量、体毛など。このように性の多様性を理解する上での四つの指標があります。

今日、お話するのはその中でトランスジェンダーであるいう方のことが私の話の中心となっております。出生時に割り当てられた性別と、性自認、つまり自分自身がどういう性であると認識しているかということが異なる人のことを中心に考えております。性自認と性的指向は別物なのです。LGBT のLGBとTとは別物ですが性的マイノリティーとして一緒に扱われることが多く、生きづらさを感じているという意味では共通している面もあるので区別せずにお話をさせていただいております。

さて、最近テレビではマツコデラックスさんに代表されるように女性の格好をした男性がテレビで活躍しています。女装家という表現をされる場合もありますが、例えば IKKO さんとか、りんごちゃん、はるな愛さんなんかもそうだと思います。皆さん、出生時に割り当てられた生物学的な性別は男姓だと公にされています。そんな中、ある番組でミッツマングローブさんが真面目な話で小学校一年生から性的違和感を覚えていたということをおっしゃっていました。私はショックでした。芸能的に男性が女性の格好をされているというように思っていた自分の中の認識が、実はそうではなかったんだというふうに思いました。

清水展人さんという方がいらっしゃいます。長女として生まれましたが物心付いた頃から性自認が男性寄りだったとおっしゃっていました。

これは岡山大学ジェンダークリニックを受診された方で、性同一性障害当事者の方に対して行われたアンケートです。

その約7割が小学校低学年で性別違和感を持っていたと答えています。小学校低学年でとなっていますが、実際小学校へ入ってくる以前から違和感を感じていたと考えられます。これまで芸能界では美輪明宏さんとか、相当早い時期に性転換手術(※当時の表現を使用)をしたと言われているカルーセル麻紀さんとか、男性に産まれながら女性として活躍されていた方は大勢いらっしゃいますけれども、今ほどメジャーに、テレビに全面的に出て男性だと公にしながら女性を演じられた方というのはあまりいなかったと思います。女装されている方すべてが性別違和感を持っていらっしゃったかどうかはわかりませんけれども、これまで自分の中あった女装している芸能界の方に対する見方が少し変わりました。

2001年のテレビドラマ「3年 B 組金八先生」で、上戸彩さんが性同一性障害の生徒を演じておられました。女性でありながら学ランを着て学校に来る事が許されていた生徒ということだったと思います。現実の世界にもこういう方がいらっしゃるんだということに改めて気づかされた、そういう瞬間でした。 

振り返ってみますと平成24年8月28日に「自殺総合対策大綱」というのが閣議決定されております。ここでは自殺念慮の割合が高い人として性的マイノリティーへの配慮を求められました。平成29年、直近の改訂では、性的マイノリティーにかかる対策も1項目を挙げて明記されました。24年の段階では性的マイノリティーという言葉が出てくる程度だったのです。この29年の改定では完全に1項目を挙げて、「こういう方が、自殺念慮が高い。」というふうに配慮する対象として、そして具体的にどういうふうに対応していく必要があるかということ明記されています。

また、27年ですけども4月30日に文科省から「性同一障害にかかる児童生徒に対するきめ細やかな対策の実施等について」という通知が出たんですが翌年教師向けにリーフレット も発行されています。これをきっかけに一部の学校では積極的に性的マイノリティーへの配慮が進められるような面もあったようです。ただし、私がこれまで関わってきた学校ではそれらに関する配慮というのは皆無でした。私自身もそのことが重要だということを十分に認識していなくて、一般の職員にもそういうことは伝えられていませんでした。

でも、先程の記事を見まして、「授業中については子どもを『さん付け』で呼び、男女個別しないように。」という指示をしました。教師の世界は大変保守的なので指示をしてもすぐには実行できないことも多いのです。「大人になればみんな『さん付け』になりますよ」とか、「幼小連携のプログラム中で年長組の1月頃に指導する中身として、今は『ちゃん付け』で呼んでいるけども小学校に行ったら苗字を『さん付け』で呼ばれます、『何々さん』と呼ばれます。という項目がある。」という話も交えながら話をしました。予想どおり、先生方はなかなか改善に取り組んではいただけなかったです。特に若い先生方は、男子児童を『さん付け』で呼ぶことに抵抗がありました。これまで何の疑問もなくて、「何々君」「何々さん」と呼んでいたので、そこからなかなか抜けられない。それでも、ベテランの中で何人かの先生方が私の言っていることに理解を示してくれまして、積極的に『さん付け』で呼ぶようになり、徐々に定着していきました。それ以降、毎年、年度当初の職員会議で、「うちの学校では『さん付け』で呼ぶように。」と言いました。「児童の人格への配慮から、本校にもLGBT の児童がいる可能性がある。本人がそのことを明確に意識していなくてもこちらが区別することにより違和感を覚えている可能性がある。だから『さん付け』で呼びなさい。」というようなことで指示を出しておりました。

校長になって3年目の年だったと思います。地域の校長会で児童の呼び方について話題になったことがありまました。ある校長先生が「本校ではほとんどの教師が児童を呼び捨てにしているが他の学校ではどうなのだろう。」という質問が出されました。その校長先生は、「呼び捨てはまずいやろう」と考えていたようです。もうすでにその頃本校では『さん付け』を始めてから1年ほど経っていましたので、定着しつつあった本校での『さん付け』のことについて「本校ではLGBT について配慮しています。『さん付け』で呼ぶようにと言っています。」と言いました。質問した校長先生は、そう言っていることは理解していただきましたが、「うちはまだそこまではなかなか行かないな。」ということで難色を示されました。「まだそこまでは」と言われたことにちょっとがっかりしたことを覚えています。理解が進んでないということです。でも、私自身もそんなことにがっかりとしながらも大きな見落としがありました。  

年度末には職員と面談をします。その中である職員から「『さん付け』というのは指示なのでやるように努力はしているけれども、やはり違和感がある。」という話があったのです。性別違和を持つ児童に対する配慮が必要ではないかということを丁寧に話させていただきました。なるほどと一応納得してくれたんですが「では、黄帽はどうなんだ。」と問い返してきてくれました。これはありがたかったです。黄帽とは小学生が通学時にかぶる安全帽のことです。遊ぶときでも外に出るときには帽子をかぶるという習慣がありまして、例えば、女の子の黄帽は、ちびまる子ちゃんのようなハット形、男の子の黄帽は野球帽のようなキャップ型、これが学校の約束で決まっていたんです。もうここで男女の区別をしているではないかという指摘を受けまして、なるほど。「気付かへんかった。よう言うてくれたな。」という話ですね。本人にはできるだけ早く改善すると答えて、次年度から男女ともどちらを選んでもいいことに変えました。考えてみれば制服に違和感がある、苦痛を感じている、性別に違和感を持つ子どもたちがいるのだから、帽子で男女を区別する、呼び方で男女を区別する、そういうことに子どもたちは違和感、苦痛を感じているかもしれないということになぜ気がつかなかったかと改めて反省いたしました。

もう一つ。性別違和を持つ子どもたちへの配慮として考えさせられたお話をします。私は以前、府教委で健康安全に関わる部署に所属していた関係で、全国の養護教諭の代表の方とお話する機会がありまして、中学校と高校の養護教諭の先生方とお話をしたことがあります。その際、保健室で受ける相談の話になって、トイレの問題が話題になりました。トランスジェンダーの生徒から相談があった時に、例えば体が男性で心が女性の場合、男子トイレも苦痛だし、女子トイレには入りづらい。カミングアウトしていたらまあ、それもできないことはないかもしれないけれども、公にしてなかったら余計にそうだということです。また、体の性が女性で、心の性が男性の場合でも同じです。お話した先生方の勤め先の学校のトイレは男女別で、多機能トイレも十分ではなかったそうです。最近でこそ、多機能トイレが独立して設置されているところもありますが、多くの場合、女子トイレの中に障害者用トイレがあり、男子トイレの中に障害者用トイレがある。これも十分に配慮されたことではあるのですけれども、これはあくまでも障害者に対しての配慮です。 

これは、性的マイノリティーのトイレ利用に関するアンケートをあるトイレ機器メーカーがやったときのデータです。

少なくとも中学生までに「体の性で割り当てるトイレの利用に抵抗感はありますか。」という問に、「ある」と答えているのが43%というデータが出ています。私の勤務していた学校では、全体で800人ほど子どもがいましたから全体としてトイレの数は少ないのですが、男子トイレと女子トイレの間に「どなたでもお使いください」という洋式のトイレがありまして、これなら男女区別なく使うことができると、言っていただきました。「あー、そういう考え方があるのか。」と改めて感じました。17年前にできた学校ですので、この時にLGBT について配慮されていたということは考えにくいので、おそらく障害を持った児童がトイレに行くとき、介助する側の教師が男性であろうが女性であろうが出入りに不便を感じないようにということだったんだと思うのですけれど、結果的には性別違和を持つ子どもに対しての配慮ということにもなっていました。

先程もお話しましたが、清水展人さんは、子どもの頃から遊びの指向も服装も男性寄りで、性自認も男性寄りということでした。小学校でしたら普段は男女にかかわらずズボンをはいていてもいいのですが、親から、行事等の時にはスカートをはいてきちんとしてほしいと言われたのが苦痛だったとおっしゃっていました。ただ当時は「性同一性障害」という言葉も一般的に知られていなかったので、本人は自分をどう理解したらいいのかわからずに苦しかった話をされていました。周囲から理解されず、家族にも話せず、いじめられ苦しんでいた。そんな様子をいろいろと話していただきました。この方も私同様「3年B組金八先生」を見て「性同一性障害」という言葉を知り、初めて納得がいったとおっしゃっていました。

先程来お話しておりました「『LGBT』 は13人に1人いる」という数字は2016年に博報堂のLGBT総合研究所がインターネットを通じて実施した調査の7.97%、約8%という数字を元に計算されていますけれども、つい先日、2019年1月に、国立社会保障人口問題研究所の研究チームが大阪市で調査を行った結果が3%だったと、大きく下方修正されました。大阪の住民台帳から1500人を無作為抽出で選んでアンケートを送ってした調査だから調査の仕方としてはこちらの方が信憑性があるということです。ただ、データ数としては格段に少ないです。一方同じ時期にLGBT研究所の調査では10%と数字はアップしています。このアンケート調査もマーケティングを目的とした調査ですのでどこまで信憑性があるかということはあるのですが、同じLGBT研究所のインターネット調査の中で、誰にもカミングアウトしていない当事者は78.8%という結果が出ていました。このようなセンシティブな話、調査は、「数字ではこんだけいるんや。」と言い切るのではなく、「少なくともこれぐらいはいる。」という見方をするべきではないかと私は考えています。3%でも100人いたら3人、800人の児童がいたらその中に24人いる可能性がある。10%なら10人、80人いる可能性があるということですから性的マイノリティーと言われる方がいないということではないんです。一般の方を対象とした調査の中では「性的マイノリティーは自分の側にはいない。」と答えた人が8割以上でした。

大体の話はこの辺で終わりなんですけれど、先日、車を運転していたとき、部活の帰りだと思うんですけど、ある駅の近くで制服姿の2人の高校生が手をつないで歩いている姿を見かけました。自分も昔、彼女と一緒にこんなことをしていたなとふと思ったんですが、とても仲良さそうでほほえましかったです。想像してみてください。皆さんはどのような姿を思い浮かべられましたか。今こんな話をした後なので「うん?」と思われた方もいらっしゃると思いますが、実は私が見たのは同じ高校の男子の制服を着た2人連れで、2人ともズボンをはいていました。1人は少し髪の毛が長かったような気がしますけれど、その2人が手をつないで楽しそうに歩いている姿を見たんです。ちょうど、いろいろと本を読み返したりしていたところなんで、この子らも学校では生きづらさを抱えているやろなと思ってしまいました。

すでに学校の中でも性的マイノリティーについての理解を進める教育は少しずつ行われてきております。今後さらに進められなければならないと思っています。

来年度、東京お茶の水女子大は性同一性障害の男子を受け入れるというニュースが流れて他の大学でも検討が始まっています。また、奈良女子大でも受け入れるというような報道もありました。大阪の淀川区役所では全国の自治体で初めてLGBT支援宣言をしています。配慮の仕方についての動画を配信しています。海外では単数の3人称でもHeやSheを使わずにTheyという言葉を使う場合があることが辞書に載るという時代になりました。清水さんは「性は男性か女性かの2種類だという考え方、二元論だけでは語れない多様性があります。家族のあり方も様々あって良いはずです。」とおっしゃっていました。

どうか、すべての子供たちがすべての大人たちが「男らしく」「女らしく」ではなく「自分らしく」生きられる社会でありたい。このように願っています。

ご清聴ありがとうございました。

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