901360318124

記事一覧(24)

宇治市の教育―宇治ならではの取り組みー

宇治市教育委員会教育長 岸本文子ご紹介賜りました宇治市教育委員会教育長の岸本でございます。宇治鳳凰ロタリークラブの皆様におかれましては、平素より、宇治市政とりわけ教育行政に多大なご理解とご支援を賜っておりますことをこの場をお借りいたしまして、改めまして御礼申し上げます。ありがとうございます。さらには、社会貢献という大変な事業を展開され多々ご尽力賜っておりますことに敬意を表する次第でございます。昨年の10月12、前任の石田肇教育長の後任といたしまして、教育長に就任させていただき、奇しくも本日で丁度丸1年でございます。そのような日に、貴クラブの例会にお招きにあずかり、お話をさせていただく機会を頂戴いたしまして誠にありがとうございます。浅学菲才なうえ、生来口下手で皆様にお話し申し上げるような立場ではございませんが、お耳を拝借し、どうぞ最後までお付き合いよろしくお願い申し上げます。それでは、本日配布をさせていただきました資料をご覧いただきながら、宇治市の教育につきまして、宇治ならではの取り組みも交えましてお話をさせていただきます。資料の1頁から4頁は、皆様既にご承知の内容でございますので、5頁をご覧願います。下段でございますが、本市の幼稚園、小中学校の状況でございます。4つの幼稚園、22の小学校、10の中学校合わせまして36校園がございます。このうち、平成24年度に開設いたしました「宇治黄檗学園」は、施設一体型の小中一貫校でございまして、この、小学校、中学校を1つずつカウントいたしまして22小学校、10中学校でございます。児童生徒数は、本年5月1日現在、幼小中合わせまして、14,878人、教職員数は、非常勤、市費職員合わせまして1,143人でございます。資料が前後しますが、5頁下段の本市の教育予算は市全体の予算総額(一般会計)617億9千万円のうち、56億3654万5千円で、予算に占める割合は9.1%でございます。他の類似団体の平均は12%くらいかと思っておりますので、類団に比較して少し低い状況です。資料の6頁をお願いします。本市の教育に関する大綱は、平成26年3月に策定いたしました「宇治市教育振興基本計画」に示した「教育ビジョン」を持って代えることとし、平成27年5月に策定いたしました。教育理念は、家庭・学校・社会でささえる宇治のひとづくり・まちづくりとし、目指す人間像は1つに宇治の自然、歴史、文化を守り育てふるさと宇治をつくるひと、2つには地域社会と協働し、世界に誇るあすの宇治をつくる人といたしております。ここに掲げました人間像に向けた教育の基本目標を3つ掲げ、教育環境のより一層の充実を図り、地域社会全体の絆を一層深めるとともに、ふるさと宇治の恵まれた自然や歴史遺産、伝統文化を基盤として、郷土を愛し、生涯にわたり学ぶ力と自ら行動する力を備えた21世紀の社会と明日の宇治を切り開いていく市民が育つ本市ならではの教育を進めております。本市の教育の特色ある取組といたしまして、大きく4つございます。まず1点目が資料の7頁から8頁上段にございます、小中一貫教育です。本市では、人口急増期に必要に迫られて学校を開設してまいった経過から、現在では、中学校の校区と小学校の校区が合致しないところが多くあり、1つの小学校から、別々の中学校に進学するという、我々、分散進学と申しておりますが、地域コミュニティが分断されるような状況がございます。また、御多分にもれず、少子高齢化の進展により、学校よりまして児童・生徒数が減少いたしております一方で、逆に増加や微増、横ばいといった傾向の学校がみられるなどいくつかの課題を抱えておりまして、これらを解消するために、平成9年度から、時宜に応じ、検討委員会や懇話会を立ち上げるなどして検討進めてまいり、平成19年に「宇治市小中一貫教育と学校規模の適正化の方向」を示した「NEXUSプラン」を策定いたしました。先ほど申し上げました宇治黄檗学園はこのプランに基づき、学校規模の適正化を図るとともに1つの小学校ではございますが分散進学を解消するために、開設した学校でございます。小中一貫教育の目標といたしましては、「学校が変わり、地域が変わり、そして子どもたちが光輝く小中一貫教育」を、目指す子ども像といたしましては「将来の夢を持ち、自己実現に向けた努力ができる子ども」を掲げております。9年間を見通した系統的・継続的な学習指導、生徒指導により、児童生徒の学習意欲の向上や学習習慣の確立、児童生徒の個性の伸長と社会的な資質・能力の育成などをねらいとするとともに、小中学校の教員が相互に交流を深めることにより、教職員の資質と指導力の向上を図ることもねらいといたしております。また、中学校ブロック(2小学校・1中学校を基本)を単位とした地域の諸団体や保護者相互の連携を深めることにより、学校・家庭・地域が一体となった教育環境づくりを推進いたしております。次に2点目といたしまして、8頁下段の地元大学との連携でございます。本市には、京都文教大学・短期大学と京都大学宇治キャンパスの2つの大きな大学が存在します。これら大学の「知」を生かさない手はないということで、平成22年2月にまず、京都文教大学・京都文教短期大学と宇治市が「連携協力に関する協定」を締結いたしました。この中から生まれましたのが「宇治学副読本」の編集でございます。宇治学につきましては、後程ご紹介申し上げます。さらに、平成26年11月、日本を代表する「知」の拠点でございます京都大学の研究機関が集積する「宇治キャンパス」とも包括連携協定を締結し、科学技術に夢と希望を持つ人材の育成、本市理数系教員の指導力向上に向け協働して研究を行う「スクール・サイエンス・サポート事業」を実施いたしております。3つ目は資料の9頁でございますが、「宇治学」の推進でございます。先ほどの小中一貫教育の特色ある教育活動といたしまして、「宇治で学ぶ、宇治を学ぶ、宇治のために学ぶ」をコンセプトとした「宇治学」いわゆる総合的な学習の時間でございますが、におきまして、地域社会の一員としての自覚を持ち、ふるさと宇治をよく知り、諸問題に目を向け、主体的・創造的・協同的に取り組むことで、よりよく問題を解決する資質や能力を育て、自己の生き方を考えることができるようにすることを目標に取り組んでおります。宇治学に関しましては、先ほども触れさせていただきましたが、京都文教大学のご協力もいただき、小学校3年~中学校3年までの七つの学年の「宇治学副読本」の編集を進めております。この共同研究を進めるため、京都文教大学では、文部科学省から官民連携による「宇治学」副読本作成と現場での活用に関する研究等の指定を受けられ、副読本編集にご協力をいただいてまいりました。この副読本は、本市の地域素材や地域活動を取り入れた探究的な学習を進めるための副読本であり、本年3月に示されました、新学習指導要領の趣旨にも合致する主体的・対話的で深い学びを具現化するものとなっております。さらに、教職員の負担の軽減と資質の向上にも資するため、指導の手引も合わせて作成いたしております。平成29年度に、小学校3年生と6年生の副読本が完成しており、既に全小学校で学習に取り組んでおります。3年生は宇治茶の素敵を伝えよう、6年生は「ふるさと宇治」の魅力大発信がテーマとなっております。平成30年度からは、小学校4年生の「発見 ふるさと宇治の自然を伝えよう」と中学校1年生の「命そしてふるさと宇治を守る 私たち中学生としてできること」をテーマとした副読本が完成しており取り組みを進めているところでございます。残りの学年につきましても、現在、副読本の編集を進めております。4つ目が資料の12頁の下段にございます「スクール・サイエンス・サポート事業」の推進でございます。京都大学宇治キャンパスとの連携事業ですが、小・中学校の教員研修をはじめ、防災研究所宇治川オープンラボラトリーでの防災体験学習、小中学生を対象とした理科教室の開催、幼稚園への出前講座などを実施いたしております。子どもたちからは、わくわく感や驚きの感想、理科が好きになった、実験が楽しかったなどの感想がございました。 今後におきましては、小中一貫教育の手法を生かした宇治ならではのアプローチによる取組を一層推進し、何よりも、児童生徒の学力向上につなげるよう取り組んでまいりたいと考えております。 甚だ簡単、稚拙なスピーチでございますが、本日のお話は以上とさせていただきます。つたない報告を最後まで、ご清聴賜り、誠にありがとうございました。

私の留学生活

2018、10.25米山留学生 丁 健皆様こんにちは。丁 健と申します。正直、私5年ぶりに宇治に来ました。本日、宇治鳳凰ロータリークラブでスピーチさせていただき、ありがとうございます。とてもうれしく思います。本日の演題は私の留学生活です。まず、私の出身地について簡単にご紹介します。私は中国山東省出身です。故郷は山東省の濰坊市という小さい町です。毎年、故郷で国際凧フェスティバルが行われます。昨年、会場で多くの日本の方と出会いました。主な食べ物というと日本ならお米ですね。私のふるさとは中国の北の方ですから小麦粉から作られたものがメインです。例えば肉包子、パオツと言います。日本では肉まんと言っています。饅頭というものは、小麦粉から作られ、中身は具がないものです。一番好きなものは「火烧」(音読み:ふぉうしょう)、中にお肉の具が入っています。よく朝食で食べられます。中国の南の方は、だいたいお米かお米から作られたものが主食となります。本日、私は四つの部分に分けて少しお話していきます。1日本に対する第一印象。2日本へ留学に来てからの学校と生活3感じたこと4今後以上についてお話します。まず私は子供の頃、みんなと同じようにテレビや漫画などを通して日本と初めて出会いました。アニメの中の町、食べ物、家庭、学校の生活、友情など中国と違う風景を見ながら日本という国をいろいろ想像していました。日本といえば礼儀正しい、綺麗町、桜、着物、茶道、電気製品などのイメージが強かったです。だんだん成長してきて日中文化経済の交流に長い歴史があることを知りました。昔、戦争や政治など日中関係に大変厳しい時期がありましたが、しかし、民間的な交流は途切れたことがないんです。日本留学を決めた頃、私は民間人として将来は日中友好関係交流に少しでも役に立ちたいと思いました。私は昔、中国の専門学校で航空と旅行観光業について勉強していました。卒業後、総合的な旅行会社であるシートリップで約1年半仕事をしていた経験があります。その時、グローバル時代がやってきたことを改めて認識し、語学力の非力も痛感しました。もっと多くの人たちに接したり、多くの人たちとコミュニケーションをとったりしたいと思って、私は日本語にずっと興味を持ち、視野を広げて日本語を身につけるため留学しようと考えていました。その時、ちょうど日本に長年勤めている友達と出会いました。友人から日本の現状、環境などを知り、日本留学のことを決意しました。大学に入ってから日本人と同じ授業を受けたので一回生の頃は大変だったんです。学校ですぐ友達ができ、わからない事があったら友達や先生に気軽に尋ねられたし、みんないろいろ親切に教えてくれましたので学校の生活と授業に早く慣れることができました。そして中国語を勉強している友達にもお手伝いし一緒に発音の練習をしたこともよくありました。友達が中国のことについて興味があったら私はとてもうれしくて、どんな質問でもできる限り教えました。学園祭では留学生の皆さんと一緒に白菜を切り水餃子を作りまして、屋台を出しました。とても人気がありまして予想より早く完売しました。儲けたお金を使ってみんなと一緒に打ち上げ会をしました。私は学校の部活筝曲部に所属していました。日本のお琴を皆さんと一緒に弾いた風景です。先生と友達の写真です。昨年3回生の始まりの頃、ゼミ全員と先生と一緒に桜を見に行きました。留学生活は学校での勉強だけではなく研修会や学校間の交流会も参加しています。日本の職場の雰囲気を感じたり、沢山の留学生と知り合ったりすることもできました。留学生の皆さんはそれぞれ違う文化や習慣があります。同じ日本に留学することでお互いに体験したことや考え方など一緒に共有して交流できました。日々授業、アルバイト.交流活動、日本観光など充実した留学生活を送っています。私は、日本人に真面目で固いイメージを持っていましたが、日本に来てから初めて彼らの優しさを感じました。中国と海を隔てている日本は距離的にとても近いんです。また、日本語は中国の漢字と同じものを使っているので何となく日本に対する親近感があるような気がしました。よくテレビや身の回りでもボランティア活動に活躍している人たちの姿を見て他人のために努力すること、人の幸せが自分の幸せになるという日本人の素晴らしさを学びました。私は留学している間に沢山の所へ行き、そして沢山のことにチャレンジしました。感じたことも非常に多くて、二つのことについてお話します。1つは変る日本、変わらない日本今はネットインフラが発達し、海外の情報はすぐ手に入ります。日本文化の特徴として常に世界中の最新の技術や文化を採り入れる際に常に自分の伝統文化や週間に融和できるようイノベーションを行っています。このことを中国にも適用すればきっと発展のボトルネックに遭遇している中国の役に立つと考えます。日々、変わって発展している一方、日本は地域固有の伝統文化を大切にしているし、保全も重視しています。多くの行事、家屋、食習慣など昔と変わらなく保存してきました。これも私たち中国人も学ぶべきだなと思っています。例えば茶道と弓道、お茶と弓そのものは昔々中国から渡ってきたものです。しかし現在、中国では抹茶はほとんどなくなり弓 もあまり見かけないです。逆に日本でだんだん特有の芸になり、世界有名に発展してきました。今年2月九州へ旅行に行きまして長崎でランタンフェスティバルを見に行きました。ひさしぶりに様々なオブジェたちが幻想的に飾られた風景を見て、子供の頃の中国の元宵節のイベントを楽しんでいた様子が浮かんできました。それを日本で見られて、とてもうれしくて懐かしく思いました。長崎の中華街で融合した日中文化を感じながら、自分の国の伝統や行事などがもっと多くの人たちに守られ、深さのある文化を継承して欲しいと言う気持ちが強くなりました。日本での就職活動です。私は今4回生です。今年3月から約5ヶ月間の就職活動を経験しました。大変だったのですがその時、日本特有の就職活動を楽しめるように頑張りました。しかし、今、正直、楽しいとは思わないです。でも、就職活動という学生時代の大きなイベントとして日本のビジネス社会に触れられチームワークとコミュニケーション能力の大切さを改めて学びました。本当にいい経験になりました。中国には新卒採用もありますが企業により違います。経験者を優遇する企業が少なくないです。いわゆる即戦力を求めているようです。キャリアアップのため、転職も普通のことです。日本のように今までも終身雇用関係であり、新入社員が研修制度でじっくり育っていくというやり方がいかに日本独特であるかわかりやすいかと思います。このような制度が私にとって日本会社への理解にとても良いチャンスになるのではないかと考えております。私自身も就職活動をしていて、みんなと同じ格好、同じ髪型して、エントリーシートの書き方、面接テクニック、適性検査の SPI の勉強もしました。これは何の意味があるのか、正直、今でもちょっと不思議です。多くの企業は学生たちの個性を求めているのになぜ個性を隠すようなことをしなければならないのでしょうか。個人的にはもう少し学生達を自由にさせたら多分多くの可能性が溢れるかもしれないと思います。就職活動の結果は三つの内定をいただき、いろいろ考えた上で総合職としてファミリーマートに入社することを決めました。来年4月から社会人になり日本で続けて頑張って行こうと思います。今、残った学生生活は約4ヶ月しかないので学生でしかできないことを思う存分体験し、最後まで悔いのない留学生活を送りたいと思います。浅い内容ですけれども本日、皆さんご清聴いただきありがとうございました。

農業土木の仕事に携わって42年

【宇治鳳凰ロータリークラブ例会・講演要旨】  H30.11.1      平成30年11月1日   古川和吉 先程、林さんより紹介頂きました古川です。よろしくお願いします。本日は、宇治鳳凰ロータリークラブ例会にお招き預頂き有難うございます。また、私の拙い経験談をお聞き頂けると言うことで大変恐縮しております。 さて、私は、昭和19年に旧田辺町生まれ、地元の小、中学を経て城南高校に進み、京大農学部の農業工学科に入り、農業土木技術を学びました。そして、昭和43年4月農林省に国家公務員上級職の職員として入省し、以来、農林省他関係機関で農業土木技術者とし土地改良事業の実施に務めて参りました。 土地改良事業とは、農業のためのダム、堰、用排水機場、用排水路、ため池等の農業水利施設を造成する仕事です。このほか、開墾、干拓、埋め立て、圃場整備、農道整備、集落排水などの事業を行います。これらの事業は、規模によって国営、都道府県営、市町村他団体営事業に分かれます。例えば、農業水利事業では、受益地が3000ha以上は国営事業で、200ヘクタール以上は県営事業で、20ヘクタール以上は団体営事業として実施します。 1、国営母畑開拓建設事業所:  昭和43年5月に農林省での最初の職場、東北農政局の国営母畑開拓建設事業所に着任しました。事業所は福島県石川町と言う山間部にあます。この事業は、福島県の阿武隈山地に、1000haの畑地と72haの水田を新たに造成し、これらの農地に灌漑する千五沢ダム、堰、揚水機場 、パイプラインを建設する事業です。当時の総事業費は130億円で工期は10年とされていました。初年度の予算は、10億円です。この事業所は、発足したばかりで、年度前半は、事務所、職員宿舎、独身寮の建設がなされ、年度後半は、ダムで水没する県道の付替工事と工事用道路の建設が始まりました。私は、道路測量、河川測量や道路工事の補助監督員を担当しました。次の年度は、いよいよダム本体の設計、積算、施工が始まりました。ダムの建設費は、一期工事として、8億3千万円です。国内でダムの貯水効率が1,2位を争う効率的なダムで貯水量は1200万トンと規模の大きいダムです。私は、ダムの放流施設の設計積算を任されました。3年目に入り、ダムの基礎工事が終わり、盛土工事と放流設備の工事が始まりました。ダムの完成まで見届けたかったのですが道半ばで所長より、9月から、本省の開発課の係員に転勤だとの内示がありました。事業所のあった、石川町は、ラジウム温泉で有名な母畑温泉が有り、私が家を離れ初めて住んだ町で、職場の皆さんと和気藹藹で仕事をした思い出の多い第2の故郷となりました。2.本省開発課国営班係員: 昭和45年9月本省に赴任しました。私は、構造改善局建設部開発課開発第1班第2係の係員として配属されました。本省は、予算編成、全国の土地改良事業の推進と問題案件の処理、国会対策、マスコミ対応と年中緊張感のある日々が続きます。私の担当は。母畑開拓のような全国の国営農地開発40地区の予算編成と事業実施指導が主な仕事でした。私のような、本省の行政を知らない新人にとっては厳しい環境でした。特に、農林省は古い官庁で今だ、課長補佐を通称班長と呼ぶ習わしが残っています。この班長が、実質農林行政の要を担っていると言っても過言ではありません。権限も有り、威張っているので班長は本当に怖い存在でした。本省は予算に明け予算に暮れる1年です。この他、国会対応とマスコミ対策も大事な仕事で作業が深夜に及ぶことがザラでした。こうして、無我夢中の1年半が過ぎ、今度は、昭和47年4月に総理府に出向することとなりました。3.総理府中央防災会議事務局係長: 私の出向した部署は、総理府中央防災会議事務局業務第2係長と言うポストでした。入省5年目で初めての係長職です。この事務局は、寄り合い所帯で、建設省3人、総理府3人、運輸省、農林省、自治省、警察長から1人ずつの10人で構成されていました。中央防災会議と言う組織は、委員会、局員会議、主事会議の3段階の組織からなり、委員会は内閣総理大臣が議長を務め、委員は外務大臣除く各大臣で構成される大会議ですので、重要災害案件がある時だけしか開催されません。私の在任期間2年半で1度、大規模震災対策要綱の改正があった時だけでした。局員会議は、各省の担当局長の集まる会議で、大災害時の非常災害対策本部の設置や、政府調査団に派遣の決定などが行われます。主事会議は、各省の担当課長で構成され、局員会議の荒ごなしや激甚災害の指定に関する連絡調整などのため開催されます。ほとんどの災害案件は、主事会議の開催で済ますことが殆どでした。 この他、事務局の主な仕事は、防災白書の作成、大災害時の激甚災害の政令指定、災害対策衆参特別委員会への対応、災害対策に関する各省との総合調整などがありました。激甚災害の指定については、皆さん時々耳にされていると思いますが、大災害の場合一般の災害復旧費の補助率の嵩上げ措置が講じられる制度です。一般公共施設の場合は、70から80%へ、農地農業用施設の場合は80~90へ嵩上げされほとんどが国費で災害復旧工事が行われます。今年の、西日本7月号や、北海道胆振東部地震に際しても激甚災害の指定がなされました。 また、大災害時には、昼夜、土日を問わず災害の被災状況の把握に務め、被害が大きくなれば政府は、非常災害対策本部を設置し政府調査団を派遣し被災状況を掌握の後、各省に被災救援対策を指示します。私は、農地農業用施設や農産物の被災状況の把握と、天災融資法の発動の情報把握に務めます。衆参の災害対策特別委員会は毎週開かれることとなり、質問取り、質問の割り振り、答弁書の作成、委員会での質疑応答の聴き取り、必要な措置の各省への連絡調整等があわただしく進められます。私の着任した47年7月には台風と豪雨による死者行方不明者4百数十人に及ぶ大災害が発生し、事務局はてんやわんやの状態でした。この他にも、大阪ガス爆発、徳島コンビナートの火災、冬の48豪雪、次の夏の大干ばつ、桜島噴火災害とたて続きに大災害が発生し、その対応で激動の2年間を過ごしました。大変貴重な経験をさせてもらったと感謝しています。4.本省建設部開発課開発第2班第1係長: 昭和49年10月、再び本省に戻り、再び開発課に配属されました。私の担当は、開発第2班第1係長と言うポストで、各都道府県が実施する県営農地開発事業の予算編成、補助金の配布、事業実施指導、班の筆頭係長としてのまとめ役と言う仕事です。私の係で年間予算は、70億、そのほか2係、3係と合わせて班全体で約150億でした。県営事業は、全国で50地区実施されており特に北海道、東北、九州地方に多く実施されていました。当時、ミカンを始めとする果樹の生産過剰や担い手の減少、過疎化、高齢化の影響を受け事業が減退し、新規地区が減少しつつありました。このため、制度改正に取り組みました。採択基準60ha以上を40haに緩和する取り組みです。大蔵折衝は上々でしたが、土地改良関係の新規事項が多く、今年は断念してくれと言うことで次年度の実現を期待して引き下がりました。2つは、建売農場方式の新規事業制度要求です。通常の農地開発は農家自らが土地を調達し、その土地を開墾する事業制度ですが、この制度は、各県にある農地保有合理化法人が土地を確保し、その土地を開墾し最小限必要な果樹棚、防風林等を設置して農場を完成し、その後、この法人が各農家に長期低利融資で貸し付け、若しくは売却する制度です。農家は、土地確保の資金が要らず、借り受けてすぐに営農が始められるメリットがある制度です。厳しい大蔵折衝の上新規制度は無事創設出来ました。こうして2年半が過ぎ、中国四国農政局の技術事務所と言う所に転勤しました。5.中国四国農政局技術事務所技術情報課長 昭和52年4月岡山にある技術事務所に赴任しました。技術事務所は土地改良事業にかかわる技術センターの役割を担っています。私は、技術情報課長として配属されました。農林省入省後10年目の初めての課長ポストです。技術情報課は、管内の新技術、新工法や技術雑誌の参考文献の収集・蓄積、これら技術情報の検索システムの開発、技術情報提供等の業務を行う課です。この事務所に3年間務め、次は、中海干拓事務所への転勤となりました。6.中海干拓事務所工事1課長、調査設計課長: 昭和55年4月中海干拓事務所に赴任しました。中海干拓事務所は、松江市にあります。中国四国農政局管内の最大の事務所で、年間予算約40億円の事業を実施する所でした。中海干拓事業は、3つの事業目的をもって進められていました。1つは、中海に5工区、合計2500haの干拓を行い新しい農地を造成すること、2つは、宍道湖と中海を淡水化し新たな農業用水を開発すること、3つは、この新規農業用水を2500haの干拓地と宍道湖・中海の沿岸に展開する水田・畑あわせて15000haに灌漑することを目的とする事業でした。この事務所の工事1課長として配属されました。工事1課は、干拓堤防の造成、干拓地区内の道路・水路の整備を行う課です。私はこの課には1年しかいませんでしたが、淡水化事業を目前に控え、淡水湖締め切りラインとなる3か所の干拓堤防を締め切ることがこの年の最大の課題でした。色々の課題が残されていましたが何とか処理し年度末には3か所の堤防締切り工事を完成しました。 次の年の4月には、事務所の技術関係の主管課である調査設計課長を命ぜられました。この課は、事務所の予算編成、関係機関(本省、農政局、島根県、鳥取県、関係12市町村、建設省、環境庁)との協議、連絡・調整、マスコミや国会対応、淡水化影響評価委員会のフォローと淡水化事業の推進、事務所内関係7課との連絡調整等を担う、大切な課です。私はその責任者として3年間この仕事に取り組みました。中でも、最も大変な仕事は、仲の悪い島根、鳥取両県の事業推進上の合意をまず取り付けることです。次に、淡水化の実施に向けて淡水化影響評価委員会の中間報告書を取り纏め、淡水化しても中海・宍道湖の水質は変わらないと言う研究成果を関係機関に説明し了解を取り付けることでした。これに対して淡水化すると両湖の水質は悪くなり環境悪化を招くとして淡水化に反対するマスコミ、両県の環境部局、宍道湖漁協、島根大学の学者に説明を繰り返し説得する仕事でした。昭和56年度は、淡水化の初期段階である中浦水門の試験運転を実施し、水門は淡水化の実施に際し全く問題が無いことが実証出来ました。57年度は、いよいよ淡水化の前段階である試行作業に入る予定でした。しかし、淡水化反対の世論が大きくなり、本省、農政局の指示を受け、強硬策を避けることになりました。58年度にかけて更に反対運動が大きくなりその対応に終始したところです。結局、淡水化の実施にはこぎつけられず大変無念な思いを残しこの事務所を去ることになりました。4月から本省に新設された管理技術班の班長としての転勤内示を所長より受けました。班長に成れるのだから所長は喜んでくれましたが、新設班で管理のかも知らない者に務まるのかとの不安のまま転勤でした。7.農林水産省構造改善局建設部水利課管理技術班課長補佐 昭和59年4月、入省して16年目で憧れの本省の班長ポストに配属されました。管理技術班は、土地改良施設の管理についての財政支援、技術指導の制度を充実強化することが仕事でした。土地改良事業は、農家、土地改良区の要請に基づき国、都道府県が事業の調査計画を実施し、農家、土地改良区の同意を得て事業が実施されるわけですが、土地改良事業完了後は、この事業によって造成された土地改良施設は、99%のが地元土地改良区の管理に委ねられます。管理の費用は全て土地改良区負担となっています。1%の施設は、国が自ら管理したり、県が管理したりする施設があり、これらは国、県と土地改良区の費用負担で管理されます。従って、管理の問題は、土地改良区が管理する施設に対する財政支援と、技術指導が大きな課題となっています。特に、国営造成施設は近年大規模化、高度化、システム化され、その操作管理に高度な技術と財政負担が伴います。これに対して、土地改良区の技術者は不足し、賦課金の増額も困難で技術的にも財政的にも管理が困難になって来ています。これでは適正な管理が期待出来なくなります。このような状況に鑑み、まず本省に管理に関する組織を作ろうとして設置されたのがわが班でした。4月に転勤した直後、上司から2つの使命を与えられました。まず1つは、この班を核として施設管理を充実強化するための室組織を作り上げること、2つは、国の施設の土地改良区管理に対する財政的、技術的援助の制度の突破口を開くことでした。室については、上司と関係各課の協力があり厳しい財政当局の抵抗にも関わらず施設管理室として設置が新年度に認められました。もう1つの新規制度ですが、土地改良区管理の管理体制を整えるための制度の創設です。即ち、国営事業完了前から地元土地改良区の管理体制強化のため、管理技術者の研修、養成、実施訓練を充実するための財政支援をする制度を創設することとなりました。管理費用は土地改良区が負担するものとの考えが強く、省内での合意形成に苦労し、大蔵省との折衝にも難渋し、夜討ち朝駆けで必要性を説明し、ようやっと国営造成施設管理体制整備促進事業と言う長い名前の制度を新年度に向けて創設することが出来ました。管理制度、組織の充実強化の第1歩が踏み出せた訳です。次の年度は、施設管理室が出来、室長ともう1班を加え2班9名体制となり少し組織は大きくなりました。この年度は、国の直轄管理をする制度の拡充、国の施設を県が管理する場合の補助対象施設の拡充、土地改良施設の修繕事業の創設に取り組みました。直轄管理は、2県にまたがる施設との制約がありましたが、1県の中でも大きな河川の流域に点在する複数のダムや堰などの土地改良施設を統合的に管理する必要がある場合には、この限りにあらずとしてこの制約を撤廃しました。この制度の1号が、兵庫県の加古川流域にあるダム4か所、堰2か所を管理する統合管理制度です。次の県管理補助は、ダムのみが対象でしたが、それに堰を加えました。修繕事業は、1か所2千万円以上の土地改良施設の修繕にかかる費用の1/3ずつ国と県が補助する制度でこの制度を創設しました。2年間で、弱小班としては良くやれたと思っています。今度は、佐賀県に出向を命じられました。8.佐賀県農林部農地整備課長、土地改良課長:  農業土木が佐賀県に出向するのは初めてのことです。昭和61年4月に農林部に赴任しました。佐賀県は、県土面積の小さな県ですが、耕地率が他県に比べ36%と高く農業が盛んな県です。このため、国営事業2か所を始め、県営、団体営の土地改良事業が盛んに行なわれていました。1年目は、農地整備課長と言うポストで、この課の仕事は、県営の圃場整備、地盤沈下対策事業等の実施と佐賀、福岡両県にまたがる国営筑後川土地改良事業事業との調整業務でした。私の主な仕事は、県を代表して予算の確保、新規地区の採択について先頭になって農政局、本省と掛け合うことでした。 次の年、筆頭課である土地改良課長に昇格しました。この課は、土地改良3課の主管課で、土地改良事業全体の人事、予算、組織管理を担い、そのほか、設計積算施工指導、調査計画、かんがい排水事業の実施等の仕事が主でした。農林部長と次長は、私を良く支えてくれ、私のペースで仕事が出来ました。国営事業2地区の採択、県営圃場整備8地区、広域農道3地区、農免農道8地区の新規地区採択を図りました。当時、佐賀県の土地改良事業は最盛期で、県営、団体営事業全体で350億円実施し、全国で5番目の事業実施県となりました。3年間。佐賀県に出向し大変いい勉強になりました。そして、多くの県職員と接し沢山の知人友人を持つことが出来たことは私にとって大きな財産となっています。今度は、国に戻り、北陸農政局の建設部次長にとの内示がありました。9.北陸農政局建設部次長: 平成元年4月北陸農政局建設部の次長に就任しました。北陸農政局は、金沢市にあります。北陸4県が守備範囲で、この4県内の国営事業の実施、県営、団体園事業の予算配分、事業実施指導を行う役所です。土地改良事業は、国営、県営、団体営を合わせて年約1500億円の事業を実施していました。次長の仕事は、特命事項として建設省との河川協議、国営事業の新規着工にかかわる業務や既に実施中の国営事業の計画変更の指導でした。石川県能登地方には、栗園を造成する5地区の国営農地開発事業が実施されていましたが、栗の値段が上がらず外国産の栗に押され事業が下火となっていました。この事業を早期に縮小し、完了を図る計画変更を行うことが必要となっていました。私は、開発課と特別チームを結成し、石川県と、関係市町村との調整を繰り返し2年間で5地区の計画変更を終了させました。もう1つは、佐渡島に3か所のダムを造成し、その灌漑用水を全域に配水する国営かんがい排水事業の新規着工をさせるべく奮闘したことです。佐渡出身の大物県会議員と一部の受益者が事業に反対する運動を展開し農家の同意作業が大幅に遅れていたので、何度も、佐渡島に渡りこの県会議員への説得や関係市町村長や土地改良区の理事長などに協力要請に回りました、幸い、何とか着工にこぎつけられました。次長は、まさに機動部隊のような役割でした。2年間の勤務を終え、本省に4度目の転勤を命じられました。10.農水省構造改善局建設部水利課国営事業調査官:   平成3年4月に本省水利課の国営事業調査官に着任しました。国営事業調査官の仕事は、課長を補佐する副課長のような役割で、国営事業の在り方の検討、予算編成、新規事項要求に際して班長さん方の指導、建設省との河川協議の調整が主なものでした。また、建設部長からの特命事項の仕事有りました。固定した仕事を持たず先ほど言った機動部隊のような仕事が主です。1年が過ぎ、課長から、4月から福島県への出向の内示がありました。11.福島県農地林務部次長: 平成4年4月に福島県の農地林務部次長として出向しました。福島県は、北海道、岩手県に次ぎ、国内3番目の県土面積を持つ大県です。このため、県内では5地区の国営事業と多くの県営、団体英事業が実施され、年間事業費は1千億円に達しておりました。土地改良の組織も大きく農地計画課、農地建設課、農地整備課の3課体制を取っていました。通常の県は2課体制です。私は、そのキャップの次長職に就任しました。大きな県でしたので仕事にやりがいがありました。2年間の勤務を終え、農林省の外郭公団である、農用地整備公団に出向せよとの内示があり、福島県を去ることになりました。12.農用地整備公団九州支社長: 平成6年4月に農用地整備公団の九州支社長に就任しました。九州支社は熊本市に有ります。まず農用地整備公団は、農水省の委託を受けて農村地域に幅延長10㎞幅員7mの2車線の大規模道路を建設し、道路周辺に展開する水田、畑の圃場整備を一体的に行う公団で、東京に本社があり、全国に4つの支社がありました。九州支社が最大の支社でした。わが支社では、阿蘇地域の牧草地域における大規模農道整備と沖縄県宮古島での地下ダム工事を併せて実施していました。年間予算は、約90億円です。支社長は、工事の契約、実施や新規地区の調査計画、諸経費の支出等全ての執行権限が与えられています。いわば、一国一城の主と言えます。支社長専用の運転手付きの車がつき、毎日、宿舎からの支社までの送迎をしてくれました。 阿蘇地域では、外輪山周辺に展開する広大な牧草地に延べ50㎞の大規模農道を新設する事業を実施していました。私のいた頃は、事業の最盛期で年間30数億の事業を実施していました。沖縄県では、宮古島で2ヶ所の地下ダム工事を実施していました。ここに溜まった農業用水を、ポンプアップして、パイプラインでサトウキビ、パイナップル、マンゴウ等の作物に灌漑するのです。当時、2か所の地下ダムとも大規模で1千万トンの貯水容量を持っていました。事業計画では灌漑する面積は7千haに及びます。これらのダム事業に年間30数億円の費用を掛けていました。更に、公団本来の大規模農道と圃場整備を一体的に行う事業は、大分県、宮崎県、鹿児島県で始まりつつあり、3県合わせて10数億の工事を実施中でした。支社長職も2年で終わり、農林省での最後の職場となった近畿農政局の建設部長への内示を本省から受けました。13.近畿農政局建設部長:  平成8年4月近畿農政局の建設部長に就任しました。近畿農政局は、京都市にあり、近畿6府県が仕事の範囲です。建設部は、これら6府県で実施される国営事業7地区の予算確保と実施指導並びに、6府県で実施される県営、団体営の土地改良事業の予算の配分と実施指導を行う組織です。年間予算、国営事業200億、補助事業1000億の 併せて1200億円の事業を実施していました。建設部長は、この総括責任者で農業土木の憧れのポストの1つです。ようやっと、国の重要なポストに就けた訳です。当時局長は、農水省始まって以来の女性局長で、土地改良については口を挟まれず、建設部に任せっぱなしで、その分、責任が重い仕事でした。農林省に入って以来、初めて郷里の地域の仕事に携われ、近畿地域の農業の発展に貢献出来たことを誇りに思っています。 平成9年3月末に、本省の農業土木のトップから、この3月末を持って後進に道を譲り農水省を退職して欲しい、後のことはお任せ下さいとの内示を受けました。遂に、農水省での約30年間の勤務を平成9年3月に終え、農水省を退職しました。上級職の農業土木の職員は、皆52歳前後で肩叩きをされることになっていました。まだ年金も出ず、今後のことが心配でしたが、後日、本省から、農水省の外郭団体である農村環境整備センターの常務理事として再就職斡旋の連絡があり、一安心しました。14.農村環境整備センター常務理事: この4月から農村環境整備センターの常務理事として勤務し2年半勤めました。平成10年9月から、中堅ゼネコンの役員としての再就職の斡旋があり快くお受けしました。15.鉄建建設(株)常務執行役員: 再就職した会社は、鉄建建設株式会社と言う中堅ゼネコンです。再就職の条件は、勤務は満年齢65才まで、給料は農水省退職時と同額、処遇は常務執行役員として言うことでかなり良い条件でした。職員数2千名、年間受注額2千億の中堅会社です。私の仕事は、営業活動を全国的に行うことです。地方の支店には、農政局地域のOBがそれぞれおり、彼らと共に、土地改良事業実施現場や、農政局を訪れ、仕事の掘り起こし活動を行い、年間、10件、15億円の仕事を受注していました。この会社に11年間務め、平成22年6月の株主総会をもって65才で退職し、すべての職を終えたと言う次第です。 農水省に入省して以来、約42年間一貫して農業土木職として働いて来ましたが、1つの仕事を、続けられたことを幸せに思っています。 以上、私の42年間の体験談でしたが、ご清聴どうも有難う御座いました。

宇治の魅力発信と財政健全化について

2018.7.19おもてなしの心でつなげるお茶と歴史文化のまちづくり宇治市長 山本正ただいまご紹介いただきました市長の山本でございます。1年間の御無沙汰でございます。今日は卓話の機会をいただいて、本当に心から感謝申し上げます。まずお話をする前に大阪北部の地震、それから西日本の豪雨、竜巻、自然災害が立て続けに来て、我々宇治市も対策本部を作ったり、避難所を開設したりしてきたわけですけども、幸いにして宇治市では死亡者はないということですが、この災害でお亡くなりになられた方に心からご冥福を申し上げますとともに、今なおまだ救助されてない方、見つけ出していただきたい。そして、まだ避難所生活をしておられますけども被災されたすべての皆様方に心からお見舞いを申し上げます。それでは、今日のテーマである宇治の魅力発信についてお話しいたします。私は宇治市長に平成24年12月19日に就任しましたが、東京や、或いはいろんな人から「宇治市はいいところだ」と言っていただきます。平等院と宇治上神社の世界遺産はもちろん、宇治茶のブームもあり観光入込客数は550万人を超えていますし、NHKのブラタモリが、これまでの情報番組の時間帯以外の時間帯に放映されたこともあり、メディアへの取り上げられ方がすごくなってきているということを、宇治市以外の方々から言っていただくようになりました。宇治市にいるとそういうことは見えにくのかもしれませんが、本当に宇治市は魅力のある市であると思っています。海外へのトップセールスは、以前に台湾、香港に行っており、今回、再度台湾に行くので合計3回目になります。以前に台湾に行ったときに、スーパーの社長から「宇治市の野菜はないか」と聞かれ、「宇治市では野菜がそろわないので、隣の久御山町に素晴らしい野菜があるのでどうか」と言ったら、「宇治市のが欲しい」と、つまり宇治市というブランドが欲しいと言われました。また、2年前の夏に香港の大使館に行った際には開口一番、「何で台湾からなんだ、一番に香港に来てほしかった」と言われました。香港の秋のイベントにも出展しないかとも言われましたが、何回も行く力がありませんので京都銀行の香港出張所にお世話になり、宣伝をしてもらうことになりました。今回も、オール宇治の商工会議所、観光協会、市に加え、平等院にもご参加いただき台湾に行こうと思っています。厳しい財政状況の時に海外かとのご意見もございますが、やることをやり、磨くときは磨き、今いいからということだけではなく、国際都市宇治市、文化都市宇治市、観光都市宇治市としてしっかりやっていきたいと思っています。今やどの都市も、観光が最大のテーマである取り組みを進めていますが、宇治市にはたくさんの素材があります。しかしせっかくの素材も磨かないと、次の世代に引き継げません。お茶の京都DMOが設立され、宇治市における戦略的拠点が宇治橋周辺ということになっていますが、宇治市としては、お茶と宇治のまち歴史公園の整備により、宇治の窓口であると同時に12市町村のお茶の窓口にもしたいということを先日、京都府知事にも申し上げました。このように魅力発信はもちろんのこと今の政策に満足することなく、文化、観光、いろんな面で他の都市よりも魅力のあるところを大いに磨き続けたいと思います。魅力ある宇治市をどう持続的にしっかり財政基盤を作るかということは最大のテーマです。宇治市だけが今、財政で悩んでいるのではないのです。将来はいつまでも国に頼るという事ではなく自立した姿勢というものが地方自治体に望まれる。どれだけ自立したことを考えられるか、その上で国の現状、連携というのが重なり合うということであろうと思いますので、我々は4年間の財政健全化推進プランを出しました。出す動機は何か。1つだけわかりやすい話をさせていただきますと、私は平成24年12月19日就任ですけども、平成20年の税収の中で、28年の決算見合いで行くと40億円減収なんです。ですから、決算見合いでは減収になっています。それからもう一方は待機児童、生活保護、義務的経費と言うものがどんどん伸びるとともに、私も子育て支援医療費というもの、高齢者政策、着実にトップクラスをねらってやってきたことも影響しております。この財政健全化に取り組むというのはなかなか勇気のいることですが、財調の基金は、毎年だいたい5億~7億くらいを出してきて、またうまくやりながら返してきたんですけれども、昨年の予算編成の時に11億ぐらい出してきました。ところがその年は前年の財政の対策で、思い切って学校施設を含めて取りましたので少し割り引かなくてはなりませんが、かなり積極的な予算を組んだということもありましたけども、それは将来への投資なども含めて意識をしてやりました。11億も財調で上げなくても例年やったらいけるはずですけども、4年か5年で枯渇するというような危機感を持ちまして、4月ぐらいからこれはもうしっかりしなければいかんと思いました。どれぐらい4年間で見積もれるのか。4年間で足らない総収入と総支出で見たときに税収の減と歳出の増により、昨年で経常収支比率が98.8%に上がっている。これは国が出す基準でだいたい75%、各市町村でだいたい90%前半から100に近い形の間ですけども、こういうことに危機感を持って積算をして参りました。予算を組む中で、4年間でどれぐらいが必要となるのか、足らないのか、これで85億円というのを見通しの中で出しました。しかし市民には理解と協力をいただかないといけないので、オープンにしようということにしました。そしてオープンにしただけでは健全化はできませんので、9月ぐらいから各部長と私と2回。そして予算編成で2回ぐらい、さらにそれ以外に2回ずつ部長とヒアリングをやりました。そのうち一番のネックはやはり市の職員の給与です。部長のヒアリングと同時に並行して労使交渉をし、私も団体交渉に出て申し上げました。退職金見合いでもかなりの減額になる賃金制度を提案しました。労働組合との交渉が成り立たなければこれをどうしょうかなと、責任を感じておりましたけれども、賃金カットではなくて賃金制度改革に合意できました。賃金カットというのは4年間カットして帳尻を合わしたらいいように見えますけども、4年後はまた上がるわけです。賃金制度は4年後も続くわけなんです。そういうものに合意をしたということです。もちろん特別職、私の本給を10%カット。それぞれの特別職もカットしました。そこで1年間に予算を組むときに歳入の増、使用料なんかもお願いをしたので歳出の減、これで12.5億ぐらいを組み立てることができました。この12.5億円ができたということでだいたい予定通り4年間行くと68.6億円というのができ上がりました。しかし85億円にはたどり着いていません。しかしなかなか85億はもう内部経費削減、その他でやっていかないと議会からも理解が得られないなという思いですけども、少し地域の経済が上がってきて税収も増になってきている状況です。従って1年目では12億+途中の補正予算で人件費が労使交渉合意したものの、1億ぐらいが補正を打てるのではないかということで、あとはいろんなことで頑張っていくとこういうことで、内部経費も引き続いてカットしていく努力をしていきたいということでございます。その総収入と総支出のうち、なぜ使用料をお願いしたかといいますと、利用している人の負担が極端に他の市町村よりも少ないんです。中には40年間上げてないというものが、この部長ヒアリングをやって見えてきたんです。将来を考えたときに利用料を本人の負担を少し上げていただいて、その分だけ税は魅力ある宇治に必要な事業とか、投資的経費、将来の財政構造に変えていく努力がいるということです。あと、公民館の使用料が無料なんです。同じような価値感でしっかり論議しなさいということで教育委員会で論議をしていただいています。これらもやはり整理していきたいと思っているところでございます。次は補助金とか、公共施設の駐車場有料化なども考えて、城陽市の市役所のようなことを考えていかないといけない。来年度以降は難しいものがあります。この85億円というものを見たときに最も影響しているのは義務的経費であり、扶助費なんです。扶助費は生活保護費とか、児童福祉の法律に基づく支援とか、市単独でやっている政策のうちの義務的なものが大きく占めています。従って動かしようがないということなんです。動かせるもので言えば一番意外に多いのは保育園です。私は待機児童対策を久保田前市政からも引き継いでかなり意欲的にしましたので、これの運営費というのはかなり上がってきていることも事実であります。高齢者対策は認知症も含めて取り組んでおりますが、高齢者対策は2つありまして、一つは介護保険で対応しているところもあるということを申し上げたいと思います。もう1つは借金がどうなっているかということなんですけれども、借金はまず国との関係。国は従来税金を吸い上げて交付金をばらまいてきたのですね。今もそうです。国もお金がないから交付金で渡す、足らない分は債権をうて。その代わり将来国が保障するという臨時対策債というのがあるんです。これは債権のうち、占める割合が5割を超えているんです。幾ら交付金を当て込んでいただくといっても5割を超える。これは他の自治体でも同じだと思います。ですから、そういうものを含めれば国との関係についても大切なことだと思っています。ある集会所のところで「国から金をとってこんからこんなことになっているのではないのか。国からもっと取って来い」と言われました。私は「いつの時代のお話をしておられるのですか。国から金を取ってきて、自由に使えるというのは全く0です。今はプレゼン能力とそしてしっかりした基盤のものを上げない限り国は許可をしないのです」と言いました。例えば国との関係はどうなのか。そしたら天ヶ瀬の再開発事業、これは治水対策で最も有効ですけども430億円。この前、破砕体が出て3年遅れで590億円、これは国と府のお金で市は0。それから塔の島のところ、35億円ぐらいで予算計上をしてやって来ています。もうちょっと下流に行くと25年の台風の時に下から降りてきたところの直す河川整備などですね、国費たるもの、宇治市が1円も払わぬものはどんどん取り込んで、石井大臣、副大臣が来られて私が説明をして十分納得していただいて全国の中でも国費の投入が多いというところです。その他は下水とか、上水道、学校のトイレの改修などを含めて国庫補助がつかない限りなかなか宇治市だけの税金でできないということです。もっともはっきりしているのが太閤堤のところです。史跡ゾーンは8割が国なんです。それから今議会でやっていただいている交流ゾーン、これは歴まち法に基づいて3人の大臣が認可すれば国庫を40%、45%まで補助する。私が市長をした時にはもうすでに用地は買われています。用地のうち、約38億円は議会からは全員賛成で議決をいただいています。そこからスタートして、いよいよどうやって宇治市の税金を少なくしてという状況の中でお引き受けをしたということなんですそこで借金のところで、しからば宇治市の先人達を含めて今の職員がやっている事で今度は良い条件のお話をします。将来負担比率は0。これはKTRとか、地下鉄、病院その他いろいろなものを持って、将来負担比率、高いところはかなり高くて、これは宇治市は0なんです。ゼロということは全く経営が良い。それから実質公債費比率。これは2.1%で、八幡市、長岡京市に次いで3番目です。いい内容です。一番悪い宮津は16.1%、隣の城陽市で9.5%、亀岡で11.3%、これも毎年、財務省の京都の方がお越しになり、実質公債費比率、財政健全化判断比率、その他はよろしいが、あと財調がどうなんですかということで指摘を受け、これは今からどうやって財政の構造を変えて将来に備えるかという準備をしているということなんです。決して宇治市の市長のポケットマネーにこの利用料が入ってくるわけではないので、構造を変えて利用者に負担してもらいながらしっかり将来に備える。家計でもそうです。赤字になってから赤字補填するのはしんどい。借金側で健全な時にこの財政構造を変えていく。私自身、宇治市の市長になってから人事監1000万円ほど、水道事業管理者1500万円カットしました。200人の管理職、そのうち30人の主幹クラスを廃止しました。それからもう一つは退職金が400万、公民間格差が高い。これも市長になりたての時にやってきました。やれることはしっかりやっていきたいと思いますし、今後とも職員の給与はどのくらいの位置でいいのかということはしっかり踏まえながらやっていきたいと思います。それから市民にお願いを。今やっているのはどういうことかと言いますと、公平性の観点が一つ、利用者の負担と税で負担の見合いを見直す。それから二重に投資になっているもの、これは一部保育のところにあったんですが国が新しい制度をやるとともに市のほうはそのままおいといたら肥太りみたいなところがあるので、これを整理し、カットをさせていただきました。それから直接現金、その他を渡す事業もカット対象にしました。それからイベント、これは10年も20年も同じことをやっていて成果があるのか。だからイベント2年に1回にするとか、廃止するとか、統廃合するというようなことです。そういうような現金で渡したり、二重になっているものを今、整理をさせていただいているということでございます。中には好景気になれば税収が上がるので85億は数字を動かないとあかんやないかということですけれど、これは良い方向に向けばプラスとして理解する。そこで1年ごとに進捗管理をしますけれども85億円の数字が70億円になったり、60億円になったりという考え方はしておりません。そういうことで4年間仕上げてしっかりやりたいと思っております。自治体もあえいでいることも間違いないんです。今財務省と総務省の戦いが始まっています。ここ3年ほど。国は、赤字国債を押して地方にお金を渡したら、これが財調という基金に積み上げているところがある。そのため、財調の基金の多いところは交付金を減額するというようなことを言っているんです。市長会のほうは、行革やら、いろんな努力で財調を積み上げるのは残すためにやっているのではなく、昨今の災害のときに金がなければ何一つも手だてができないという意味の財調の基金、これは溜めすぎると問題だけれどもやはり適正な額というのは財調には必要。こういう考え方で総務省を通じて市長会で戦いがされている。しかし昨今、財務省というのはかなり厳しい。我々としては地方自治体が血と汗を、そして市民の皆さんの努力で積み上げて来て財調に基金化しているのは、将来を考えて災害時なんかも本当にお金がなかったらできないからなのです。この前、ブロック塀23ヶ所対応を幼小中学校でやったんです。宇治市がトップです。危険なブロック、法的適正でないブロック。これには6000万円必要。財政健全化のときに6000万円なんて大変やろうと言われるけれど、そんなもの、現地に行くと木幡中学なんかブロック塀が波打ってるんですね。こんなもの地震どころではない。だがそういうところに目がいってなかったのが正直なところです。昨日、京都新聞のある記者に聞きますと、市町村で宇治市さん一番早かったということで一本やられたなという市もありますよということだそうです。6000万という決心は大変でしたけれども、会期が1週間ぐらいに控えているときに議会に提案しなくて予備費で9月補正なんてことはするな。議会に意見をもらえ、6000万も予算を出そうやないかということで出したんです。まだその他にもいろんなことをしなくてはと思いますが、いずれにしても金を使いすぎたから、金がなくなったとか、そういうような見方もあるようです。そういうことではなくて、構造的に国と地方の関係、人口が増えるときと同じ考えで公共施設を作ってきた。だから公共施設も総量を今後30年間で延床面積ベースで20%カットを目標に計画を作りました。そういう理にかなったことを、しっかり財政構造を今のうちから変えていく。赤字になる前から。これが最も大事ですので人気が悪かろうが、もう叱られようが、将来を考えたら必ずこのことは大事なことだと私も思い、いろんなところで説明をしております。しかしよくよく考えて欲しい。将来、孫の時代まで借金をどうするかということを考えないかん。人口が増えてきたときと同じことをしていたらどうなるのか。このようなことを何回も言い、各部長とも、もう本格的に危機感をもって共有しています。そういう意味で今日はお願いみたいな話ですけれども、もし、そういうご意見がありましたら我々意見を汲みとめて、直して行かないといけないことはどんどん直していきます。けれども財政のことはそういう考え方でやっております。すべてのことを十分お話ができなかったかもわかりませんが、ご理解とご協力を賜りたいと思っております。お時間をいただきありがとうございました。

「自分たちのまちは自分たちで守ろう~フン害対策から防犯・防火・商店まちの活性化まで~」

201810.18(イエローチョーク作戦から地方創生へ)宇治市市役所 環境企画課主査 柴田浩久皆さまこんにちは、宇治市役所から来ました柴田と申します。今日はどうぞよろしくお願いいたします。今回このような場所にお伺いさせていただく機会をいただきました北島様、また大和動物病院様でお世話になりました高橋様、どうもありがとうございます。また、先程お伺いさせていただきました大川会長様、安井幹事様、南郷様、大石様、誠にありがとうございます。私は宇治で生まれ育ち、宇治のために何かできることがないかと思い市役所の職員になりました。私は、皆さまが住みよいまちになりますよう「自分たちのまちは自分たちで守ろう」というスローガンを掲げています。昨今、台風であったり、地震であったり、いろいろなことがわがまちに起こっていますが、何を守るために誰が何をすべきか?今までは、例えば行政が助けてくれるということも多かったと思います。今年は災害が多かったことで教訓なりましたが、行政に対して多くの方々が、例えば空き家からアンテナが倒れてきているとか、いろいろなご連絡がある中で、行政だけではどうしてもまちを守っていくことが難しいことがわかりました。そこで、私も一市民として、生まれ育った宇治市のためにできることを考えて、ない知恵を絞っていろいろなことに取り組ませていただいています。今回、自分たちのまちは自分で守ろう、というテーマですけれども、以前、私は防災の担当をしており、その時にスローガンを思いつきました。あらたなフン害対策を「イエローチョーク作戦」という名前にしたのも私が初めて考えついたものですが、幸い今、全国およそ80市区町村で取り組みを進められつつあり、そのうちの2割ぐらいではもう実際に行動しているということです。まずは、宇治市の現状について、宇治市は一戸建ての家が多いということから、犬を飼う方も増えています。人口が18万7000人ほどで、過去5、6年ぐらい前からずっと人口が減少しています。その要因は全体的に高齢化しているということ、その後に宇治市から転出する方も多いということがあげられます。その中で、宇治市の約半分は山間部で、平地が半分ほどあります。人口が減っているのに、犬の頭数は増え続け、毎年100頭ずつぐらい増えています。今まではペットショップさんで売られていた犬が、最近はホームセンターなどでも売られるようになりました。そのときに、飼い主としての心構えをしっかり説明されているとは思いますが、フンの始末をしましょうとか、犬は命あるものだから、命が全うされるまで飼ってください、というような事をいっていただくことがおろそかになっているのではないかと思われます。約19人に1頭の犬が登録され、約7世帯に1頭の犬が登録されています。平成23年が宇治市の人口が最も多かった時ですが、年々下がっており、現在約3.1%減少しています。ただ、世帯分離の影響で世帯数が増えており、一人暮らしの方が増えているということです。       犬を飼う住民の方が増えており、飼い方の問題も増えています。その中でフン害苦情のケースが多かったのですが、平成30年度は7件に激減したということで、前年度が83件だったのに比べると10分の1以下になっています。市内の通称カムループス通りのうち、立命館宇治高校から大久保小学校に至るまでのルートが、フン害が一番多いところでした。苦情で最も多いのはフン害で約80%、道路への放置が30%あります。放置されたフンを住民の方が回収しても、同じ場所で、同じ時間帯に、同じ飼い主がフンをさせます。また翌日にはフンが放置され、残ってしまう傾向がありました。飼い主さんとの「いたちごっこ」になっていたということです。特に子どもさんが多くフンを踏んでいました。踏んだことに気付かずに学校に着いて、下駄箱で発見して臭いで気付く。小学校一年生の方がよく踏んでいます。また、以前は点字ブロックの上にフンをさせる飼い主がおり、目の不自由な方が困っておられました。飼い主にフンの放置に対する罪悪感がないということから、条例違反であるということを警告しなくてはいけない、ということがきっかけで取り組むことになりました。私は最近、脳梗塞で倒れ、左半身が動かなくなったことがありました。その時からリハビリで歩き始め、散歩していると犬のフンを見つけるようになりました。今まで健康な時にはそういうことに気がつきませんでした。特に早朝と深夜に放置する方が多いということがわかりました。どうしてこの時間に放置したのかわかるかというと、発見日時をチョークで警告するという作戦を思いついて実験して、特定することになったからです。それまでは啓発看板を出していたのですが、解決しない最大の原因が、放置者の特定が難しいということでした。防犯カメラをいたるところに設置すればいいという考え方もありますが、設置費用が高いという問題があります。飼い主のモラルの問題として、誰がどう対応すべきか?フン害の多い小学校の前の花壇では、地元の人たちが手入れをされ、きれいに花が咲いているにもかかわらず、フン害が多かった。行政として打つ手がなかったので、看板以外の方法を考える必要があり、イエローカード作戦を2005年度から実施しました。黄色いカードに「警告、ルール違反です、犬のフンは持ち帰りましょう」という文言をいれ、現場に置くという取り組みを行いました。この方法で一時的に減少はしたのですが、その場で看板の代わりとなるというメリットもありますが、デメリットとしてはカードを回収しなければいけなくなる、飛んでいってしまう、いつ設置したかわからないということもありました。今でも並行して取り組んでいますが、イエローチョーク作戦というのはイエローカード作戦があったおかげでその延長線上にチョーク作戦に移行したということです。次の画像は、点字ブロックに犬の嫌がるにおいのする木酢液を撒いています。尖山バス停の前が一番フン害の多かったところです。この場所に、まさにフンをしていたところに目の不自由な方が毎日踏んでいたということがあります。木酢液というのは肥料で、撒けば犬がにおいを嫌がって来なくなります。それでも放置する人が多かった状況です。このころは、2015年4月30日午前6時28分の画像です。尖山のバス停の前で、すでに踏んだ跡があるけれども、フンをした直後の写真です。啓発看板を出していましたが、単価が高かったこともあり、効果はいまひとつでした。そこで、チョークを使って、より効果的で簡単な方法を考えたということです。公共の場所で犬のフンがあるということは、多くの人が踏んでしまうということになりますし、植樹帯のところでは踏まないからいいだろうという人もいますが、臭いや、害虫が集まってくるという問題もあります。そこで、チョークを使って警告する社会実験として、2年前の1月から行い、尖山の市道下居大久保線で行いました。当初30ヶ所ぐらいフン害があったものが20ヶ所ぐらいに減少し、その後も継続していますが現在ではほとんどなくなったということです。通学路と歩道でフン害が多かったので、低学年の児童ほどよく踏んでいました。また、一番困ったのはフンを踏んでしまって滑って転ぶとか、自転車が集団登校の児童の列に突っ込むという事故もありました。子どもが「うんこ通り」といって、その通りを歩きたくないということもあり、学校に着いたら被害に気付いて、「うんこ野郎」といわれていじめられたりすることもありました。たかがフン害ですけれども、交通安全上の問題や、嫌な思いをする人が多かったという状況でした。街路樹の上であれば放置しても大丈夫だという人は、肥料になるとか、歩く所でないからという反論をされますが、悪臭を放つということ、同じ犬が同じ場所でフンを放置するということから、許されるべきではありません。実際、この周りにフンがいっぱいたまっていたということです。啓発看板も設置しましたが、いたるところに、例えば大久保小学校の前に約5m おきに看板を設置していますが、たくさんつけたらいいというものではなく、看板をつければつけるほど、このまちは何とマナーが悪いまちだという印象を与えることになります。同じところに同じ時間帯に放置する飼い主に対して看板を設置しても、飼い主が無関心であれば犬の習性から同じところにフンをするということになります。そこで、むやみに看板を設置するのではなく、看板という「もの」から、警告をするという「こと」に変えようとしました。放置されたフンに対して、飼い主に回収を促すということで、発見時間を書くことで放置時間帯を特定する、合わせて迷惑していることを意思表示して、持って帰ってくださいということを伝えるということに取り組みました。また、忌避剤の活用と並行して公費の削減を図りました。ここで、「イエローチョーク作戦」というのは、フンがあると、チョークで丸をします。丸をした後に時計を見て、例えば10月18日13時17分と書く。それだけなのです。このことは、今この時にフンが落ちているということを、誰かが見ていますよ、ということを警告しているのです。人によっては警察官がやっていると思われた時期もありました。もし、これで何回も警告するとなくなるのですが、フンのなくなった後、例えば「なし」と書いた夜から、もし朝に行ったら「あり」となったら「なし」と書いた時間から「あり」と書いた時間の時間帯に放置したことになります。したがって、犬の放置時間が特定できない時期に比べて、放置時間を限定していく作業をすることによって解決したということです。環境美化推進ボランティアの方々が、宇治公民館のあった所の前の宇治橋の辺りでゴミを拾っておられる様子です。学校関係者であったり、青少協であったり、地域防犯推進員さんと一緒に取り組むことが大切です。私も、大久保小学校の周辺でパトロールでもこの方法で警告しています。フン害と防犯の共通点とについて申し上げますと、尖山のバス停のところですが、ここは実は痴漢が多いところでして、その理由は人の目につきにくく、そういうところが痴漢が多いからです。窃盗犯も多く、ひったくりも多いということです。この場所でフン害が多かった。フンの放置場所を地図にして、照らし合わせたところ、京都府警の防犯マップと一致する場所がありました。人の目につかないところでフンを放置するという意味では同じ性質があるということを発見しました。また、タバコやゴミのポイ捨ても多いという傾向もあります。犬のフンとか尿の分析といいますか、放置形態の分析なのですが、同じ場所で同じ飼い主が同じ時間帯に放置するというパターンがあり、犬の尿というのは、縄張りを示しているといわれていた時期もありましたけれども、今では犬同士の友達が、自分も来たよというマーキングをしているように見受けられます。同じところで同じようなフンが沢山たまるのも同じ理由です。あと、フンの放置は、角地であったり、カーブであったり、フェンス沿いであったり、駐車場前に多い傾向があります。これはいずれも人の目につきにくいからであり、フンを放置してもすぐ逃げられるという特徴があって、防犯と共通します。そこで、自分の安全を自分で守るということを提いしました。従来の方法は道路のフンを回収していましたが、カムループス通りの植物公園から大久保小学校まで45ℓのごみ袋を3袋分回収した時期があります。それを回収した後でも、翌日には元に戻っているということで、いくら回収しても無駄だったということです。翌日にも放置されるので回収にかかる負担が重い。今後の方法としては、職員が市民に条例違反であることの警告方法を紹介する。職員が書きに行っているわけではなくて、こういう方法もありますよということをご説明して一緒にやりましょうということをお伝えしています。そこで、自分たちのまちは自分たちでしか守れないということで、自助努力が大事なのではないでしょうかということです。この画像は、神明幼稚園から琵琶台の方に抜けていく道ですが、ここだけ急斜面になっていて、家が建ってないので、フン害が多いところです。あとは自分の健康は自分で守る、ということで、国民健康保険制度というのは、疾病構造が変わり生活習慣病が多くなったことで制度の維持が困難になっていますが、病気の治療よりも予防の方が大事ではないかということです。フン害が社会の病理現象ととらえますと、罰則より予防が大事だ、「戦わずして勝つ」ということで、フンの放置を食い止めるということが大事だと思います。自分を守るためには、最終的には知識と情報と意識の共有が大事だと思います。この三つが必要だということは防犯でもいえることですし、防災にも必要です。そこで自分たちのまちは自分たちで守るというテーマですが、自分たちの健康は自分たちで守る、自分たちの安全も、生活も、まちも守ろう、という提案です。脳梗塞を経験したことから、健康は自分で守ることが大切だと思います。病気になればお医者さんに見てもらえればいいという安易な考え方を持つと、くも膜下出血など治療困難な状況では手遅れになってしまいます。健康維持は普段からの心がけが大事で、まちづくりも同じだと思います。この考え方が、価値観として共有され、文化に発展していけばと思っています。そこで、これからは行政依存の意識から自助努力の意識へとシフトしていく必要があると思いました。そこで、ロータリークラブさまの「インスピレーションになろう」というテーマが目に入り、肩書として、従来の「何々である」、たとえば「宇治市の職員である」ということよりも、「私は何をする人か」ということが肩書以上に大事だと思います。私は職員である以上に宇治市民です。宇治市民として、生活の中から考えて、職員という垣根を超えて何ができるかということを模索するために「インスピレーションを働かせる」ようにしました。お客さま、市民さまのニーズは今後想定外の内容が増えていくと思います。宇治のブランド、産業振興、福祉、防災政策についても、宇治の「まち」として今後も存続させていく必要があります。さまざまな組織においても、高齢化やメンバーの減少、制度廃止などで人数が減っていくなかで、例えば組織の維持とか、費用の確保が困難になる恐れがある。町内会や自治会でも脱退する人が増えたりしていますが、このような状況の中で誰が何をすべきか、ニーズは増大して収入は減少する。今までのようなやり方を今後も続けていくには無理がある、と思うのです。そこで、組織の役割はシフトする必要性がある、として、これは私の考えなのですが、今までの方式を「蒸気機関車」のように、組織のトップ、会長さまなどを機関車とたとえて、客車が市民の皆さまや会員さまとすると、高齢化などで客車がどんどん長くなっていく一方で、けん引する機関車の燃料すなわち収入などが少なくなる。これは市民と置き換えているのですけれど、今後の考え方としては「新幹線のような方式」で、」新幹線は2階建ての車両以外は全部動力車らしいのですけれども、各自が動くことによって、より早く問題が解決できる。このことが組織と会員、行政と市民の役割に置き換えれば、ただけん引されているのではなく、自ら問題解決できたことに対する自信に繋がります。これが今回「イエローチョーク作戦」に取り組ませていただいて、初めて分かったことなのです。皆さまでともに警告しましょう、というご提案に対して、「こんなこといっても大丈夫かな」と心配はしたのですが、皆さま率先してチョークでフン害に対して警告されるようになられた。その率先してやるということが、また改善できたということが、自分たちでできたという喜びにつながったということなのです。このことが、一番私が学ばせていただいたことです。行政とは、今後はアドバイスをする仕事にシフトしていくべきだと思います。今までは、行政というのはサービス業だと思われていますが何でもかんでも、例えば放置された犬のフンをその都度回収したりするよりも、再発防止の方法を自ら実験して、成果が見えればそれをアドバイスして、こういう方法もありますよ、ほかにもいろいろなメニューを提示して、市民の皆さまに選択をしていただけるような方法をとればいいのではないかと思っています。さらに、問題解決のための「会議」や話し合いを盛り上げる人の役割も重要です、大事なのは「顔が見える関係」ではないかと思います。例えば、商店主さまと行政、お客さまの垣根を越える必要があるのではないかと、私の経験上思います。私は市の職員ではありますが、仕事の行き帰りにチョークをもってフン害に警をしていますが、これはお金をもらってやる仕事だとは思っていないのです。土日も先程の脳梗塞の後遺症があって歩かないといけないという中で、自分の健康のためにチョークで警告をしています。このことが、私がもしお金をもらって仕事で取り組んでいるのであれば、多くの皆さまは誰もついてこられなかったと思います。そうではなくて、一市民として、「自分もボランティアですよ」という立場でご提案させていただいたことで、多くの皆さまが「私もやりましょう」ということになったのです。先ほど、「インスピレーションになろう」というお話がありましたが、「何か大きい事に挑戦しようとするインスピレーションを、クラブや他のロータリアンに与えてください。自分よりも長く後世にも生き続けるものを生み出すために、行動を起こす意欲を引き出していただきたいのです」という言葉を引用させていただきました。誰も考えつかなかったことで現状を打破して行こう、持続可能な社会になるように行動を起こそう、というメッセージではないかと思い、私も職員として肝に銘じていきたいい葉だと思います。理念と行動で自分たちのまちを守るということについて、「私たちは世界で、地域社会で、そして自分自身の中で持続可能なよい変化を生むために、人々が手を取り合って行動することを目指しています」との言葉を引用させていただきました。地域社会に貢献することが、まちとしての持続可能性につながるということから、多くの皆さまとともに歩むように努めることが大切だと思います。また、自分たちのまちは自分たちで守ろう、という意識の共有にもつながると思います。また、「ロータリークラブさまは会員組織で、奉仕活動を通じて、より良い世界を築きたいと願う」とありますので、奉仕活動が自分のまちを守ることにつながるということで、究極においては「他者への思いやり」の尊重ではないかと思います。多くの皆さまが、この「思いやり」を持っていただいたら、住みよい社会になると思います。反対に、「我良し」という「自分さえよければよい」という考え方が広がっていくと、ギスギスした住みにくい社会になると思います。「黄色い輪、住民をつなぐ」ということばがあり、京都新聞の5月27日付の新聞記事では、町内会の方が道路沿いの植木の手入れをされていますが、植木に手をつっこんだらフンがついてしまうという問題があり、なかなか行き届かなかったことがありました。ところが、ここで、チョークで自分たちもフン害対策に取り組めるようになってから、フン害がなくなったので、植木も綺麗になったという内容です。住民参加による相乗効果、黄色い輪が住民の人々をつないでいったという例です。また、府営西大久保団地の方がフン害対策に取り組まれているところですが、ここでも自主的に取り組まれておられ、住民同士で取り組みが広がっている。黄色い輪でフンを囲み、発見日時を書くという方法により、顔の見えなかった住民の皆さまがつながり、みんなでまちを綺麗にしたいという意識が共有されていく。黄色い輪が住民をつなぎ、大きく広がっていくということで、非常にロータリークラブさまの「行動を起こす意欲を引き出していく理念」に近いと思います。これからの社会については、いくら IT 化が進んでも、人工知能が発達しても、助け合いや世代間の交流ということは、今後ますます大切になると思います。また同じ目的に向かって取り組むことで価値観の共有が生まれます。私の職場には、全国の市区町村のフン害担当者の皆さまから電話がかかってきます。11月には三重県の亀山市の市民の皆さまが視察に来られますが、どこでも同じことで困っておられるということがわかりました。その中で、今までの方法ではだめだと気が付いたけれども、次の一歩をだれも踏み出せなかったところを、一つの地方自治体の職員が考えた方法が他の市区町村にも使えるということが、お問い合わせが多い理由だと思います。また、高齢化に伴う認知症の増加があり、中にはフンの放置を悪いと思っておられない方もおられます。人生100年時代に健康に長寿を迎えることが大事だと思います。自分さえよければ良いという、我よしという考え方が住みにくくする。他者への思いやりがなければ社会として生き残れないのではないかなと思っています。次に、平等院鳳凰堂について。宇治鳳凰ロータリークラブさまと宇治平等院鳳凰堂を並べて見ますと、これは桜の季節に撮ったのですが、1万円札の図案に鳳凰が使われています。また「世界中に幸せが流通できるように鳳凰が一万円札に印刷された」ということを、平等院の住職の神居さまがおしゃっておられました。また十円玉にも鳳凰堂の図案が描かれています。世界中から京都観光の一環として来られていますが、観光都市として、宇治の商店街の活性化に大きな役割を平等院が持っていると思います。ここで観光だけではなく、宇治ならではのユニークな試みを発信していくことによって、例えばイエローチョーク作戦のことが耳に入り、全国の市区町村が宇治市に電話をかけてくることで、一度宇治に行ってみよう、どんな取り組みか見てみよう、という市区町村が多くなっています。そこで、宇治に来ていただいて観光だけではなく、インスピレーションから新たな価値観の創造へ、私は宇治チャレンジスピリットと名付けていますが、宇治出身の多くの方がいろいろな取り組みをされている中で、宇治というのは観光だけではない、ユニークな取り組みをする人が多く、住み良いまちであり、観光だけではなくて宇治に定住されるような、例えば空き家を改築して人が住めるようにするとか、そういう形で人口が増えれば活性化にもなりますし、商店街等の活性化につながると思っています。最後に、チョークを使って、犬のフン害パトロールをウォーキングしながら行う方法を思いついたところ、全国から反響があったことについて、宇治市が思いついた方法が全国のフン害被害者を減らす望みにつながりました。必ず改善するわけではないのですが、「継続は力なり」といい。私も2年半ほど取り組ませていただいていますが、ここまで継続できたことで、多くの皆さまと心が通じたのではないかと思います。道路からフン害がなくなったことによってウォーキングする市民の方が増えて、放置する飼い主が減ったという相乗効果があります。健康面であったり、衛生面であったり、防犯であったり、高血圧とか糖尿病予防であったり、とくに生活習慣病対策にはウォーキングが一番良いと聞いたことがあります。そのことで社会貢献にもつながるということが、多くの方がいろいろな意味で取り組まれた理由だと思います。また、心理学的にも、自分の飼っている犬がしたフンに丸を付けられることによって、その人の羞恥心に訴えかけることができました。また、警告方法に匿名性がある。もしご近所で誰かが放置しているのを見たとして、回収するように注意したら、飼い主の方が「放置しているのは自分だけじゃないだろう」と開き直られる可能性もありますので、トラブルのない解決方法を考えたつもりです。最後に、自分のまちのよさに気づいていただけるようになれば、ご自分のまちは自分が守る意志につながると思っています。もしよろしければ、宇治鳳凰ロータリークラブの皆さまにも、今日はチョークをお持ちしていますので、必要なことがありましたらお使いいただけたらと思います。つたない話になりましたが、どうもありがとうございました。

印度山 日本寺について

2018、9、20、東大寺長老 奈良大宮ロータリークラブ会員 パストガバナー 北河原公敬皆さんこんにちは。紹介いただきました北河原でございます。こちらのクラブに寄せていただきますのは私がガバナーをいたしておりました年以来でございまして、その年はちょうどこちらのクラブの25年という節目の年であったかというふうに思っております。確か平等院さんのほうで記念式典例会をされたことをよく覚えております。また、こちらのクラブさんには存じ上げている方も何人かいらっしゃいますし、地区の方に出向していただいていろんなところでサポートしていただいております。特に私今、地区の職業奉仕委員会の諮問委員をしておりますが中島さんには職業奉仕委員長をしていただいてお世話になっております。今日は日本寺のお話をさせていただくということになっているんですが先程来、希望の風奨学金の話が出ておりまして、いろいろとご協力をいただいておりますことをありがたく思っております,と申しますのも私は日本のロータリーの希望の風奨学金の委員の1人に入っておりまして、この地区ばかりじゃなくて他の地区からも支援をしていただくということに対しては感謝を申し上げなくてはならない立場におるものですから、たまたまこの地区からは栗田パストガバナーと私がその委員として出向いたしております。前置きは兎も角といたしまして、皆様に今日お配りをさせていただきました資料が三つほどございます。二つは日本寺の関係、一つは私どものPR ではないんですがちょっと後でお話をさしていただこうと思って一緒に入れさせていただきました。林さんの方から紹介がございましたけども私、日本寺の竺主をいたしております。実は昨年11月にインドへ行きました時には日本寺を訪ねる旅に林さんもご一緒いただきまして、たまたまお声をかけさせていただいて一緒に行ってくださったんですけども、この日本寺と申しますのは実は戦後、第2次大戦以降にインドにはネール首相という首相が出られたんですね。この方が首相在任中にインドは実は今はほとんど仏教はございませんでヒンズー教なんです。せっかくお釈迦様が出られて仏教の発祥の地であるインドに、その仏教というもののカケラもないと言えば言い過ぎかもしれませんがそのような状況をネール首相はやはり気にしておられた。仏教の穏やかな精神性というものに非常に注目をしておられたんだと思うんですね。と申しますのはネール首相は在任中に仏教国に呼びかけてお釈迦様が悟りを開かれた聖地、仏教で言うといくつも聖地がありますがその中でも一番重要な悟りを開かれた場所。そこがブッダガヤというところなんですがその悟りを開かれた聖地にぜひお寺を建てませんかと呼びかけたんですね。それはなぜ呼びかけたか。先程も申しましたようにお釈迦様が出られて仏教が発生して発祥したインドでもあるということ。もう一つは仏教の穏やかな精神性、そういうなものでもってお寺を建ててもらって、そこからその仏教の精神というものを元に国際融和だったり、或いは世界の平和だったりが発信できる。そういうような所にしたいとネール首相は考えたようなんですね。それで仏教国に呼びかけた。もちろん仏教国はみんなそれに賛同してお寺を、例えばタイですとか、台湾だとか、ベトナムだとか、沢山ありますが建てたんですね。ところが日本は2回、日本の国に言ってこられたんですけども返事をしなかった。それはなぜか。政教分離なので、日本としては、国としてお寺を建てるということはできない。それで全日本の仏教界にそのお話が来まして、それで仏教界として、それじゃ宗派を超えてこの日本寺というお寺を建てようと言うことになったんですね。で、いきなり建てられたわけじゃなくて最初はですね、国際仏教興隆協会という組織を作りまして、これは仏教の各宗派が参加をしている組織なんですけども、そこで計画を立てまして、最初は実は宝篋印塔という塔を向こうに建てまして、で、後に昭和48年に日本寺の本堂ができるわけでございます。で、たまたま、その日本寺の本堂ができまして今年はちょうど45年という節目の年になるんです。私、実はその45年前の日本寺の本堂の落慶法要にも出仕(しゅっし)をしております。年が経つのが早いなと感じているんですが当時はですね、日本寺の本堂ができました時はお釈迦様が悟りを開かれたというのが12月8日ということになっているんです。その8日を中心にして毎日、我々は落慶と言いますが世間では落成と言ったり、落成式といったり、本堂ができた法要が盛大に行われました。大きな教団宗派でしたら一日一座、法要されました。で、毎日それが順番に、例えば今日は天台宗さんであったり、次は真言宗、次の日はとかになってたんですが奈良はなかなかそんな大きな教団がありませんもんですから奈良の6大寺でもって中心に1日法要をさしてもらったんですね。私は、その時、東大寺の4名の一員として4名出たんです。参加をしました。その時はまだまだ若かったもんですから今、実はこの4名で生き残っているのは私だけで後の3名はもうすでに亡くなっております。いずれにしましても、そうやって盛大に法要がされました。その時に私は初めてインドへ行きましたのでそれはそれは日本と大きな違いというか、隔たりがあるということを実感したわけです。法要期間中、日本寺では施しというか施食(せじき)というか、布施行と言いましょうか、地元の人たちに法要が終わった後にお菓子を差しあげるんですね。いっぱい人がそのお菓子を目当てに集まってくるわけです。本当にどこから湧いてくるのかという感じで境内に入ってくるわけです。それをまたかわいそうに係りの人が棒を持って、というのはみんなワッと来てしまいますから並べといっても並ばないわけですよ、きちんと。だから棒でたたいて、その現地の人たちを並ばせるわけです。そして座らせて、そして順番に1人ずつ前に出てきては渡すということをやっていたんですね。混雑したり、混乱してもいけないからというんで直接私たちはその人たちにお菓子を差し上げることはできなかったんですね。係りの人がやっておられました。いずれにしてもそれをその風景を見ててですね、非常に辛いというか、なかにはそれを1回戻っちゃってもう1回またもらいに来ているという不届きな人もいるわけです、紛れ込んで。で、そういうなことを叩いたりなんかしてやっているわけです。なぜそういうようなことを法要のあとでお菓子を皆に配ろうとしたか。実はこのインドのお釈迦様が悟りを開かれましたブッダガヤというところはビハール州ですね。その中にガヤという街がありまして、その一角にブッダガヤというところがあります。で、お釈迦様が悟りを開かれた。今でもお釈迦様が悟りを開かれた(お釈迦様というのは菩提樹の下で悟りを拓かれたと言われています)菩提樹が今でもあります。ただしそれは2代目だったかと思います。そしてその下に金剛宝座といってお釈迦様が座られて瞑想されたというのが残っているんです。私は最初行った時は金剛宝座にもちろん手でさわることができました。あーここにお釈迦様が座っておられたのかと思って感激したものです。ところがこの間も林さんが行かれましたけども、今はもうさわるどころじゃなくて、そこにも近づけないです。もう少し前に私も何回か行っていますが何回目からかそうなってしまいました。もう、囲われてしまいまして、そしてその金剛宝座をほんとに横からかいま見えるという感じになってしまいました。さわるどころじゃないんですね。で、なんでこんなことになったんだと私は聞いたんです。そしたらですね、日本人が悪いんだと言うんですね。日本人が悪いって一体どういうことかと聞いてみました。そしたら例の麻原彰晃というのがいましたですね。彼がこともあろうに金剛宝座の上に乗っかって座ったらしいんですね。それでも海外のお坊さんたちもすごく怒るし、地元の人たちも不埒なことをしたということで、それ以来そこは囲われちゃってですね、近づけなくなったんですね。とんでもないことをしてくれたんだなと思ったんですけどもとにかく日本人が悪いんだと言われびっくりしたのは実はそうだったんです。ですからそれ以来、そこには近づけない。もちろん手にさわることもできない。ですから私は本当に最初行った時はここにお釈迦様が座られておられたのかと思って感激したものだったんですね。いずれにしてもそのブッダガヤというところはビハール州の中に、ビハール州というのは実はインドの中では今でも日本の人口と同じぐらい1億人以上の州ですね。県なんです。で、しかも非常に貧しい州なんですね。今はもうなくなったと言われていますけどもインドでは昔からカースト制度というのがございまして、カースト制度というのは今はないと言ってもやっぱり厳然と残っているんですね。で、実はこのビハール州におられる方々というのはこのカーストにも入らない、つまりアウトカストというか、カーストにもまだ入れないという、それくらいの最下層と言ってもいいかどうかわかりませんけど、そういう人たちが多く住んでおられるところなんですね。なので、非常に貧しい地域だということなんです。まあ,そういうこともあって日本のこのお寺はですね、他の仏教国と違って、他の仏教国のお寺はどちらかというとお坊さんが中心でやっていますが日本の場合は布施行もやりましたがこのお寺ができましてからは無料で地元の子供たちの保育、養育をしています、教育を。それともう一つ診療行為をしています。これもすべて無料ですね。で、これはそういう地域であるからということで日本の仏教界としてはそういう方々に手を差し伸べようということでこのお寺ができて以来ずっと続けているんです。実は先程日本寺の本堂ができて45年と言いましたが子供たちの教育保育をしております名前を菩提樹学園と行っています。お釈迦様が悟りを開かれた菩提樹から取って。それができまして今年で40年なんですね。それと我々は光明施療院と言っていますが診療行為をしております。それができまして35年なんです。いずれも5年ごとにできていったものですから今年は節目になっているんです。いずれにしましても日本の場合はもちろん日本から宗派を超えてお坊さんが駐在をしてくれています。ですから日夜、お寺のお勤めですとか、維持管理もしてくれていますが、とともに地域の人々のために日本寺は手を差し伸べているということなんです。現地人のスタッフも約30名ほどがこの日本寺に勤めてくれております。で、今申し上げたこういうような福祉事業と言いますか、これはすべて仏教界、それから一般の方々のご寄付で実は賄っております。まぁ、正直申し上げまして、なかなかこれは大変なことなんです。それでも今までずっとそういうご協力、ご支援をいただいた方々のおかげで続いてきております。実は今、言いましたように駐在しているお坊さんがいます、宗派を超えて。昨日ぐらいに2人が向こうから帰ってきました。で、1人は臨済宗、妙心寺派の人でした。もう1人は尼僧の方でした。奈良に中宮寺さんというお寺があるんですがそこの尼僧の方が行ってくれまして帰ってこられました。ちょうど私もメールをいただいたんですけども、元気に帰って来てくれました。それでまた交代で2人駐在の方が向こうへ行かれるということになっています。私はその日本寺の竺主ということに、実は一昨年の7月からなっています。やはりせっかくそうやって駐在して頑張っていただいていますし、また、地域のために活動してもらっていますので、立場上1年に1回ぐらいは様子を見に行かないといけないのかなと思って、それで昨年11月にも行きました。今年も11月に様子を見に行く予定にしております。私、実はこの竺主になりましたのが一昨年と申しましたが私で第6代目になります。今まで五代竺主を務めていただいた方々がいらっしゃいますが皆様お亡くなりになっております。すべて、大きな教団のトップの方がされておりまして、天台宗であったり、比叡山の。或いは高野山の金剛峯寺の真言宗、或いは知恩院さんとこの浄土宗ですね。また臨済宗、それぞれのトップの方々がされています。私どもは華厳宗と言って宗派としては本当にちっぽけな宗派、華厳宗なんて宗派があるんですかと言われるくらいご存知ない方もあるという宗派なんです。どういうわけか推戴をされまして、勤めていますが正直、今までの方々はやはり高名な方ですし、また私も年は行きましたがまだご高齢の方ですので中々何度もインドへ行っていただいてというわけにも行かなくて晋山式で行かれた後はもうほとんどお名前だけという感じのところもあったようなんですが。私も晋山式にはもちろん向こうへ行きましたがこういう立場になったからには皆さんに日本寺のこと、或いは日本寺がしていることを知っていただきたい思いであちこちでお話をさせていただいております。残念ながら仏教界においてもこれだけ年数が経ちますともちろん大方の方々は理解をされていますけども、末端まで行きますと宗仏界が宗派を超えてインドにお寺を建てまた、そういう活動をしているということをご存知ない方が結構いらっしゃるんですね。ですので、できるだけ、皆さんに知って頂こうということで私は日々精進をしているわけです。実は昨日の読売新聞の文化面、全国版なんですけど、日本寺のことを取り上げてもらっています。ちょっと私はインタビューを受けましたので話をしていますが昨日の朝刊です。実は私、この日本寺の竺主をしておりますがお受けする時にもう少し確認しておけばよかったんですが任期というのがはっきりしなかったものですから普通なら何年とか言うことになるんですけれど、今までの方々の話を聞いていますと、例えば私のすぐ前は比叡山延暦寺の半田光淳座主がされておりました。あの方は比叡山延暦寺座主になられたのが90歳だったんです。それで日本寺の竺主になれたのは93歳です。そしてお亡くなりになったのが99歳でした。お亡くなりになるまでされました。国際仏教興隆協会にちょっと任期の事を言いましたら.今までの方々はお亡くなりになるまでしていただきましたとこう言われてしまいまして、いやちょっと待ってくださいよ。それは幾ら何でも、皆さんご高齢だからそれはそれでいいか知らないけれど、私も高齢者には今年から入りましたけれど、まだ、幾ら何でもそう言われても困るからちょっと考えて欲しいと申しました。晋山式を向こうで昨年やりましたがその時はせめて10年ぐらいはとこう言われたんです。それから日本へ戻ってきましたら何とか最後までお願いできませんかとこう言われまして、私はそれはちょっと困る。最近、良く言われましたが生前退位を考えてもらえないかとちょっと言っていますが、ま、どうなるやらわからないです。いずれにしましても協会が地元の地域の人たちに手を差し伸べる。菩薩行をするという意味合いもこの日本人にはあるということでご理解いただきたい。もう一つは日本寺に駐在しているお坊さんがいてくれています。やはりお寺ですから日本から仏跡を巡拝されたりする方々が来られて、日本寺にもお参りに来られます。そういう人たちに対しての対応もいたします。それから日本人ばかりではなくて外国の人が日本寺に立ち寄られる場合もあります。それと外国の方というのは日本の仏教というとどちらかというと、禅と思われる方がいます。座禅。なので、日本寺で座禅をしたいと言ってこられる方もいます。しかし禅宗の方が駐在しているとは限りませんのでその時、その年でいろんな宗派の方に行ってもらっていますので。しかし禅宗の方に駐在していただいた時にはマニュアルを作っていただいているものですから別に禅宗の方が駐在していなくても、その座禅に対応はできるようになっています。それともう一つは日本寺は旅行困難者、例えばパスポートを落としてしまったとか、お金を取られたとか、そういう旅行困難者が駆け込み寺ではないですけれども、日本寺にやってくる。で、日本寺はインドにある日本の駐在大使館がありますが、そこと連絡を取るようになっています。そういう人が来た時には日本寺が連絡をとって必要な方法を取って、或いは適当なところまで送り届ける。そんなことも日本寺はやっております。一つ最近、残念なのは仏教のお寺さんがお釈迦様が悟りを開かれたところまで来てお参りされて。ところが日本寺に立ち寄らずに帰られるというのが結構あるんです。せっかくそこまで来てるのだったら日本寺まで立ち寄って欲しいのだけれど、帰ってしまうという。そうゆうことがございます。ぜひ、そういうことがないようにと私は最近ちょっと各宗派の方にはお願いをしています。もちろん毎年定期的にこられるところもございます。教団もあります。もしも機会がありましたらインドへ行かれた暁には日本寺にも立ち寄っていただきたいなと思っとります。今日はもう一つ、日本寺のことで古本募金と言うお話をします。これは皆さん古本が沢山あって処分に困っておられるという場合はぜひ、その古本募金にご協力いただきますとそれがお金に換算されて日本寺の、例えば子供たちの給食代になったり、或いは診療行為の一助になったりしますのでぜひご支援、ご協力をお願いします。何も古本ばかりではありません。 CD や DVD で、或いは切手だったり、またブランド品、もう汚れて使わないものだったり、かけちゃった宝石でも、そんなものでも構わないのでお願いできたらなと思っています。但し、本は雑誌のようなものはだめなんです。本の裏に ISBN コードでしょうか、それが入ってないとだめなんです。大抵の本は普通は入っております。この頃、古本を処分するにもお金がいるという方もいらっしゃるようですので、これですと有効にそれが寄付に回りますので、もしご支援いただけたらと思っています。それともう一つは私ども、お写経をしていただいております栞なんですが実はその写経いうのは我々のほうでは華厳唯心偈(けごんゆいしんげ)と言いまして、このお経は非常に今の時代、大切なものだろうと私は思ってわざわざそれを持ってきたんですけども、そのお経は100文字ありまして、心のことを説いておりますので100字心経とも我々はいっていますがそのお経の最初のところに心如工画師という言葉が出て参ります。これは心は巧みなる画師のごとし。つまり心というのは上手な画家の様なんだと言うんですね。私は絵心はありませんが心の中ではどんな絵も描くことが.例えば東山魁夷さん、平山郁夫さんなんかに負けないぐらい、いくらでも心の中では絵を描くことができます。描けます。だけど描き方を間違えると私は仏にもなるけども鬼にもなります。悪魔にもなります。心は巧みなる画師のごとくなり。つまり心というのは何でも描くことができるわけです。それは具象画であろうが抽象画であろうが何でもいい、上手に描けます。で、最後のくだりのところに心造諸如来とあります。心はもろもろの如来を造る。つまり私たちの心は仏様、如来様を造ることができ、心の中でそれを描くことができるという。これは、私たちはすべて皆、仏様になれる種を持っているんです。それは仏の種、仏種(ぶっしゅ)というんですけども、種を持っています。で、この種というのは丹精込めて育てれば我々はお釈迦様と同じになれるんです。植物に水をやったり、太陽に当てたり、肥料をやったりします。そのように丹精込めて育てます。そうしたら実がなったり花が咲いたりしてくれます。それと同じで我々が持っている種というのは丹精を込めないと育ちません。なかなか難しいです。その丹精はどうやって育てるか。つまり我々が持っている欲望とか、むさぼりとか、或いは邪悪な心とか、そういうな物を取り除く丹精さが必要なんです。そういう丹精さがなかったらこの種は育たないわけです。とてもじゃないですけども私なんかもう無理です。もし、そうやって丹精を込めて育てたとしたならばお釈迦様と同じになれるんですね、私たちは。みんなそういう種を持っているんです。それが育てられるか、育てられないかの違いであります。そして、そのような心持ちというというものを世の中のために生かしていく。そういうことが大切だと思います。そういう心持ちというものを持っていくならば他者に対しての慮る気持ち、或いは他者に対しての手を差し伸べる気持ちそういうようなものが養われてくるんじゃないかなと私は思います。これはある意味ロータリーの奉仕に通じるんじゃないかと思っております。時間が来ましたのでこの辺で終わります。ご清聴ありがとうございました。

ガバナー公式訪問所感

2018.9.27宇治RC 宇治鳳凰RC 合同例会2650地区ガバナー中川基成皆さん こんにちは只今、ご紹介いただきました2018~19年度第2650地区のガバナーを仰せつかっております中川基成と申します。所属はあすかロータリークラブでございまして、場所は橿原神宮のすぐ近くにある、明日香村もすぐ近くにある、そこで普段例会をしているわけでございます。宇治のほうに来させていただくということはまあ、あんまりないんですけども奈良県からは非常に近いというか、京都の中でも非常に近いわけです。先程週報を見てますと北河原パストガバナー、実は私どもの地区の研修リーダーをしていただいておりまして、先週は宇治鳳凰さんのほうで卓話されたということで、何か先週、今週と、私にとりましては奈良県の先輩ガバナーとしていろいろと、また研修リーダーとしてご指導していただいている方が先週だったということ、何かのご縁で今日は公式訪問になったわけでございます。先程、宇治ロータリークラブの荒木勝徳会長、小山展弘幹事はじめとして各委員の皆さんと懇談会を非常にざっくばらんな形でいろいろと意見交換もさしていただきました。宇治鳳凰さんとはこの例会の後、またよろしくお願いしたいと思います。両クラブは親子クラブということでございますので普段から非常に親しくされているクラブだなと言うこと、非常に和気あいあいとされているなということ感じます。両クラブとも宇治ロータリークラブは来年60年ということですし、宇治鳳凰クラブは30周年ということで、先程も隣で宇治鳳凰RC大川豊会長にはいろいろお話を聞かせていただきました。それでは時間の限りもございますのでアドレスのほうに入らせていただきたいと思います。今年の2018-19年度の RI 会長、バリー・ラシン会長はバハマ島の出身です。30数万人の小さな国の、いわばマイナーな、どちらかというとそこから会長が出たわけであります。会長テーマがBe The Inspirationということでございます。この発表が今年の1月にサンデェゴで世界中のガバナーエレクトが540数名だったと思いますがサンデェゴに一堂に会しました。それに必ずパートナーも付いていく、パートナーも研修しなさいという仕組みになっておりまして、1週間、まるまるサンデエゴで缶詰状態で国際協議会という本会議と分科会というのがございました。その中で一番最初の本会議でこの会長テーマが発表されたわけであります。日本からは34名のガバナ-エレクトがその話を聞いて、正直申しまして日本語で同時通訳で聞きますので「インスピレーションになろう」ということ、インスピレーションというのはそのままインスピレーションとカタカナで訳されておりますけれど、私たちも最初、実はよく意味がわからなかったのが正直なところです。いろいろと会議でスピーチをいろいろ聞き、また、分科会で議論していますとだんだんそれが明確になってきたわけであります。インスピレーションというと日本人にとってみれば、もうインスピレーションという日本語になっていますし、まあ大体ひらめきぐらいで私たちはとらえていたんですけども、実はインスピレーションには非常に日本語の語感よりも非常に強い意味があるということでご理解いただきたいと思います。インスピレーションの一番の核になっている語源と言いますか、そこがスピリットであります。スピリットというのは皆さんご存知の通り、魂とか、精神とか、或いは心、そういう言葉ですけども、そのスピリットからインスパイアーという言葉ができているわけであります。インスパイアー というのもこれは最近使われつつありますけども、この意味はですね、人を鼓舞する。そうして勇気づける。あるいは人の意欲を引き出す。人の心に火をつける。こういう人の魂を呼び起こすというか、そういう非常に強いインパクトのある言葉であります。で、ザ インスピレーションですから、そのようなリーダーにBe the Inspirationということはインスパイアーできるようなリーダーになってください。或いはロータリアンになってください。或いはクラブになってください。そういうことであります。いわばロータリーの原点といいますか、ロータリーの魂をもう一度呼び起こして、そして皆様方の周囲の人々、或いは地域社会に対して強いインパクトのある、そういうリーダーになってください。クラブになってほしい。こういう趣旨であります。これを発表された時に、同時にニュービジョン ステートメント、これは新ビジョン声明と言っておりますが、これも改めて私たちに周知発表されたと言っていいと思います。ずっと積み上げた中で、この発表がなされたわけでありますがこれについてちょっと非常に短い英文でございますので読んでみたいと思います。Together we see a world where people unite and take action to create lasting change―across the globe, in our communities, and in ourselves.という一文であります。これも非常にこのビジョン ステートメントは全世界のロータリーのシニアリーダーたちにアンケートをとりまして、そしてまとめあげたのがこの新たなビジョン。これはいわばロータリーの進むべき道と言いますか、私たちがロータリアンとして歩むべき方向性を非常に簡潔明瞭に表していると思います。これをちょっと解説させていただきたいと思います。このビジョン ステートメントは二つ、言いたいことがあります。一つはクリエイト ラースティング チェンジと言っていますけども、これはロータリーは持続可能な良い変化を生み出そうと言っています。これはどの部分でか。これは私たち自身の中で。ロータリアンの中で。或いはロータリークラブの中で。或いは皆様方の会社の中で。或いは地域社会の中で。さらには世界にわたって持続可能な良い変化を生み出す。これがロータリーだとこういう事を言っています。では、どうやってそういう持続可能な良い変化を生み出すのか。これも言っているわけであります。Togetherという言葉は一番頭に持って来ています。unite and take action と言っています。unite,まさに手を取り合ってともに行動を起こそうと言っているわけであります。手を取り合って行動を起こそう。行動というところが非常に強く私たちに呼びかけているわけであります。この二つのポイントが私はロータリーが進むべき道を明確にしているなというふうに思うわけであります。このような会長テーマとそしてビジョン声明が出ましたのでその中で私たちは様々な取り組みと言いますか、研修を受けたわけであります。お互い、様々な議論をやったのがそのサンデェゴでございました。その中で地区スローガンを私自身、インスピレーションに私自身がなるにはまずロータリーを楽しんでるだろうかという事を自問自答したわけであります。ロータリーを楽しむ。よくスポーツ選手が次のオリンピックの試合とか、あるいは次の競技会で私はその競技会に楽しんできますと言っていますけども、私たちは楽しむという言葉の中にはそのことを自分の物として受け止めて、そして精一杯やって、そして結果はどうなっても自分のこととして受け止めると言うことが本来の楽しむという意味ではないかなと私は思うわけです。それを改めてロータリーを学び、実践し、発信しようというふうにとらえ直したわけであります。この学びと実践と発信ということについて私なりの理解と言いますか、このことにつきましてもちょっと皆様方に少しご理解をいただきたいと言うことがございます。ロータリーというのは皆様方、ご案内の通り、五つの中核的価値感と言いますか、極めて113年の歴史がありますけども大事にして来ている、これこそは将来もこの価値感は維持していかなければいけないという普遍の価値感があるわけであります。それをコアーバリューと言っております。このコアーバリューの五つのうちの一つがまずサービスであります。もうこれはまさに奉仕とロータリーでは訳されています。奉仕という語感からは奉り仕えるですから日本人にとれば奉仕という言葉には日本人なりの解釈がございます。しかし、サービスには本来の意味は奉仕よりももっと広い意味があります。それはどういうことかと言いますとサービスというのは人のために成すこと。これがすべて奉仕であります。さらに言えば人のために良心を持って成すこと。そのために行うこと、すべてそれがサービスであります。それをロータリーでは奉仕と訳しております。ジ アイデアル オブ サービスと言ってますけども奉仕の理念、これがサービスというのをまさにこの五つの価値観の中の一つにしているわけであります。このサービスが具体的には五大奉仕として具体的に皆様方が実践、行動をされているわけであります。二つ目の価値観。コアーバリューはフェローシップであります。両クラブとも両方本当に親睦を大事にされている。フェローシップは親睦と訳されております。しかしフェローシップにはやはり日本人の訳した親睦よりもそもそものフェローシップにはもう少し私は強い意味があると思います。フェローというのはある理念のもとに、ある理念といいますのは当然ロータリーの場合はロータリーの奉仕の理念の元に、或いはロータリーという目標のもとに集まった人たち。この同士、或いは仲間の事をフェローというわけであります。友達とはもう少し強い繋がりがあると考えていただけたらと思います。ですからフェローシップですから、その一つの理念のもとに集まった人たちが腹を割って前向きで、建設的な意見を語り合える、そういう仲間というのがフェローシップだとご理解いただきたいと思います。そして三つ目に挙げているのがリーダーシップであります。まさに皆様方はこの地域の、そして皆様方のお仕事におけるリーダーであります。ロータリーはまさにリーダーの集まりであります。リーダーシップ、これを私たちは学ぶわけであります。この時に必ず私は逸話として言わなければいけないと思うのは松下幸之助さんの話をさせていただくわけであります。松下幸之助さんは晩年まで非常に熱心なロータリアンだったと聞きます。もちろん、後進の人に仕事を譲っておられたわけですけども、それでもロータリーに毎週例会に出られたと聞いています。会社から行かれる時に社員の皆さんに、例会に行ってくるとか、昼飯を食いに行ってくる。だいたい私どもはそう言って行くんですけども、松下幸之助さんは必ずちょっと勉強しに行ってくるよと言って出かけられたと聞いています。松下幸之助さんというと私どもにとってみれば非常に経営の神様ですから、もうそんな勉強する必要があるのかと思うくらいの人ですけども、彼はやはりロータリーに行って何かを学ぶ、何かを吸収しようとされてたと聞いています。そういう意味でもおそらくリーダーシップについて後進に譲ってからも考えられてたのかもしれません。その三つめがそのリーダーシップであります。そして四つ目。Diversityダイバシティがございます。ダイバシティは多様性というふうに訳されております。私たちは113年の歴史、そして200以上の国や地域の集まり。この奉仕の理念のもとに集まっているのは民族、ことば、言語、そして宗教、或いはもちろん国、そして職業、そして男女、ジェンダ、もっと言えば世代の違い。ありとあらゆる、その多様性の中でロータリーというのは成り立っているわけであります。この両クラブともそういう意味でもやはり多様性の中で皆様がたはこうやって例会で、或いは親睦、或いは奉仕活動をされている。この多様性をロータリーは極めて大事な価値観としているわけであります。それはどういう意味で大事にしているかと申しますと多様性を受け入れる、認め合う、違いを認め合う、受け入れる。これをポールハリスの時からずっとそれは言って来ているわけであります。ポールハリスは三つ言いました、大事なこと。一つは慈愛、忍耐、そして寛容ということをいいました。この寛容という言葉にはやはり多様性を受け入れることがまさに寛容を養うということでもあると私は思わけであります。さらに言えば、多様性を皆様がたは楽しむと言うぐらいの気持ちでそれぞれの違いを受け入れていって楽しんでいただくというのがロータリーの本来の姿ではないかなと思うわけであります。そして最後になりますけどもIntegrity、インテグリティこれは高潔性とロータリーではそのように訳しております。非常に日本語も難しい言葉ではありますがこれはもう少しわかりやすく言うならば、非常に極めて高い倫理感だと思います。これをさらにわかりやすく私たちに教えているのが例の四つのテストであります。四つのテストを入会した時に真っ先にみなさん方、四つのテストの書かれた、クラブによっては額をもらったり、或いはそれをどこかに貼っている。或いは唱和をされる。これがまさにこの高潔性、私たちがそれを元に日常、或いは職業において皆様がたがリーダーシップを発揮される。そのベースになるのがIntegrityであります。スポーツの世界でもこの前の IM で吉田義人さんと対談する中で、スポーツではIntegrity、やはり非常に極めて高い価値観としているらしいですけども、スポーツでは品位と訳されているようです。スポーツもやはり品位が大事なんだということです。そういうことでロータリーというのはこの五つの価値観、これを私たちは学ぶためにロータリーにまず入ってるということが一つ言えると思います。そして、これを学ぶだけではなくて、それを皆様がたが実践されるわけであります。ロータリーは実践哲学とも言われております。実践してこそ、先程行動と言いましたけども、行動してこそのロータリーである。これも非常に大事なポイントであると思います。職業奉仕につきましてはもう私が申すまでもなく皆様がたがこの例会は週1回であります。週に1回の1時間であります。しかし皆様がたは圧倒的にそれ以外の時間を日常であり、職場で、仕事で費やされている。その時間をロータリーのこのいわば学んだことを生かしていただくということが職業奉仕であります。もちろん先程言いましたようにサービスですから有償であろうと無償であろうと職業奉仕は極めて大事な奉仕活動であります。奉仕は無償でなければいけないという意味ではありません。奉仕という言葉は奉り仕えるですから、まるで下にかしずくようなことになっていますけども、そこで誤解をされては困るわけであります。サービスというのは人のために良心を持ってなすこと。これを皆様方が心してお仕事をされているというふうに思います。それが奉仕は職業奉仕のほかに国際奉仕があり、青少年奉仕があり、そして社会奉仕があり、クラブ奉仕があるわけであります。すべて皆様方は人のために行っていただいているわけであります。青少年奉仕も両クラブとも様々な青少年に対する奉仕をなさっていただいております。ここで国際ロータリーの青少年奉仕に対する考え方を一つだけ申し上げたいと思います。国際ロータリー、或いはこの地区におきましても青少年の奉仕プログラム、沢山あります。ローターアクト、インターアクト、交換留学生、ライラ、様々な奉仕活動があります。それ以外にも沢山あります。今日は米山の奨学生の方も来ておられます。米山奨学生もある意味、青少年であります。奉仕であります。この青少年奉仕は人手もかかっていますし、結構な予算も皆さんついやされております。これはなぜロータリーがそれだけ青少年奉仕にプログラムの上で、沢山のプログラムを持ってるのに。これはですね、ロータリーというのは今の社会に対して貢献する。私たちは社会に対して奉仕をする。これは現代の社会、今の社会のことであります。しかし青少年の奉仕はこれからの社会を担っていく青少年たち、いわば未来社会への奉仕だととらえているわけであります。ですから、私たちは次世代に、未来に私たちは引き継いでいく、そういう責任も持っているという認識を国際ロータリーはしているわけであります。さらに社会奉仕について少しお話をします。社会奉仕も様々な形の社会奉仕がございます。例えば、いろいろな団体に対して寄付を行うとか、或いは協賛するとか、協力するとか、いろんな形で皆様がたは地域社会に貢献をされているわけであります。ただ、やはりこれからのロータリーの社会奉仕のあり方は一つ、皆様方にお願いしなければいけない大きな方向性が出て参りました。これは先程言ったビジョン ステートメントも絡むわけでありますが、大事なことはやはり皆様がたがそれぞれ企画をされ、そして皆様方が社会奉仕の委員会だけではなくて全クラブのメンバーが参加して行動していただく。そういう奉仕のあり方を、そしてさらに言えば、地域社会の人たちも巻き込んだ形の奉仕活動。もっと言えば、皆様方が今まで関わってこられた青少年の人たち、或いは国際奉仕で関わってこられた海外の人たち、こういう人たちも一緒になって活動できるような奉仕活動。いわば社会奉仕とは言っていますけども、おそらく両クラブとも奉仕プロジェクト委員会を作っておられると思います。実はそれが私が言う、これからの奉仕のあり方であります。奉仕プロジェクト委員会というのは様々な他の委員会が名を連ねていると思います。それが一緒になってやるという形が本来の奉仕プロジェクトであるわけであります。視点は青少年の視点、国際奉仕の視点、職業奉仕の視点、そういうような視点、見方で一つの事業をやっていただくということがこれからの、おそらくロータリーの奉仕事業のあり方だと考えるわけであります。そのことがすなわち、地域社会に対して非常に強いインパクトになるわけであります。そして何よりもそれに皆様がたお一人、お一人が何らかの形で参加されることで皆様方がロータリーのことを語っていただく、ロータリーを進めていただく、或いはその奉仕の輪を広げていただく。そのきっかけになるわけであります。実はそのことこそ次に いう発信に繋がるわけであります。皆様方ご存知の通り、マイロータリーも徐々にいき渡って参りました。SNS を使ったり、若い人はそのように自在に情報を入手したり、発信したりされます。或いは旧来からの新聞や、或いはマスメディアがございます。それはあくまでもツールであります。ツールを活用するということはこれからの時代どんどん変化はしていくでしょう。しかし大事なことはお一人、お一人がロータリーであるわけであります。皆様方がまさにリーダーであるわけですから皆様がたが身近なところからロータリーを語っていただく。家族や社員さんや或いは地域の人たちにロータリーを語っていただく機会を作っていただきたい。それが極めて大事な発信であるわけであります。そのためにも先程言いましたような奉仕活動も非常に大事なインパクトになってくる。こういうご理解をいただきたいと思います。ポリオのことについても少し述べさせていただきます。ポリオプラスに対するご寄付をいただいております。ご存知のとおり1985年から8年にかけて本格的にロータリーがポリオ撲滅に取り組み始めました。その頃はまだ30数万件の発症例が世界であったと聞いております。それが昨年20件を切るぐらいまでに減ってきました。これはロータリーが果たして来た大きな世界に対する貢献であります。このことはユネスコも含めまして世界中が非常に大きな注目をしているわけであります。その中であのビルゲイツがロータリーと契約をしました。それは私たちの寄付に対して2倍の寄付をこれから3年間に渡って行います。4億5000万ドルを上限としたものですけども、それだけの寄付を,ポリオ撲滅を目指してビルゲイツはいわばロータリーの世界奉仕に対して非常に共感を示した。これが一つの実例であります。実は私もあまり家の中ではロータリーのことを話さなかったんですけども、さすがにこの役を受けまして、たまにロータリーの話をします。その中でポリオの話をしました。そうするとうちの家内は、ロータリーはすごいいいことをやっているのよねと言いました。これは言った私自身がニコニコしました。ぜひ、皆さん一度ポリオ撲滅の話もおうちに帰ったらしてください。或いは皆様方自身がいろいろ取り組んでおられる奉仕事業の話もしてください。そうやって、いわばロータリーを身近に感じていただく。ロータリーは何をやっているかということをわかっていただく人が1人でも増えていく、奉仕の輪を広げていただくということが極めて大事な私が言う発信であります。このことをお願いしたいなと思うわけであります。私は本当に、宇治に参りまして非常に自然に恵まれ、そして私どもの街よりもはるかな大きな街ですし、この会場も非常に素晴らしい会場で、こうやってお迎えていただいて本当に嬉しい思いでありまして、実はかなり前に宇治に来たことがあります。宇治は紫式部夕顔、源氏物語のオペラがこちらでありました。見に来たことがあります。そういう歴史も皆様方のこの地元にある平等院、まさに鳳凰堂がそうでありますがそういった歴史のあるところの両クラブにはその今までの伝統、そして今までのいろんな奉仕活動をされたことをベースに、ぜひこれから将来に向かって、今日申し上げましたようなこともご参考にいただきながら取り組みいただければ幸いかなというふうに思うわけであります。宇治ロータリークラブ、そして宇治鳳凰ロータリークラブ、両クラブがますます発展されること、そして何よりも会員の皆様が日頃ますますご活躍されること、これを心から祈念申し上げまして私のアドレスと代えさせていただきます。どうもご清聴ありがとうございました。

誘惑の経済学

2018.9.6兵庫一也龍谷大学の兵庫一也と申します。本日は貴重な機会をいただきましてどうもありがとうございます。それでは誘惑の経済学ということでちょっとお話をさせていただければと思っております。林さんに今、紹介していただきましたが、あらためて簡単な自己紹介をさせてください。京都で生まれました。岩倉という左京区の山のふもとで育ちました。そこから中学から奈良にあります東大寺学園に通いまして、今日も来るときに近鉄電車に乗って来ましたが、あの電車に毎日乗ってたなと懐かしい気持ちになりました。うちの母は美容室を経営していました。そんな中で、毎朝毎朝、僕を京都駅まで送ってくれまして、フッとそんなことも思い出しまして、ちょっと母にご飯でも御馳走しようかなと懐かしい気持ちになっていたところです。そして、阪大のほうに行きました。東大寺学園についてですがここでも、林さんとご縁を感じました。今度、9月20日北河原先生が卓話されるということですが、ちょうど私も北河原先生に、昨年にお目にかかりました。インドに日本の仏教界が協力して建てた日本寺というお寺で北河原先生が竺主をされています。林さんもそちらに一緒に行かれたようです。林さんにそのときの写真を見せていいただいて何かすごくご縁を感じました。また北河原先生がお話されるここに同じく私が立っていることに、今日はすごく緊張しております。2007年、ロチェスター大学を卒業してそこで博士号を取りました。本当はハーバード大学とでも紹介したかったんですが。ロチェスター大学には日本人の有名な卒業生としてはノーベル賞を取られた小柴博士がおられます。小柴博士が博士号を、物理学だったと思いますが、取られた大学です。僕自身は意思決定モデルの分析、数学みたいなことをやっています。とはいえ、今日は数式は全然使わずに話をさせていただきます。この方は昨年話題になったロチェスター大学の卒業生でリチャードセーラさんという方です。シカゴ大学、世界でも10本の指に入る大学の教授ですが2017年にノーベル経済学賞を行動経済学という分野での貢献を認められて受賞されました。行動経済学というのはどんなものか。今まで経済学は心理学の研究には見向きもしなかったんですが心理学も同じように人間の行動を研究していますので心理学で実際に観測されているような事実を経済学に取り込んで経済学をもっと豊かにしていこうということで行動経済学が話題になって、2017年にそれでノーベル経済学賞を取られました。多分また10月くらいには新しいノーベル経済学賞が発表されると思います。今日、お話させていただく「誘惑の経済学」というのは行動経済学の一つのトピックになっています。なので今日の話を通じて皆さんにちょっとでも昨年ノーベル賞が出た行動経済学という最新の分野についてお伝えできればなと思っております。では、お話させていただくことを簡単にまとめますとまず最初に何といっても誘惑の経済学なので「誘惑を経済学で考えるというのはどういうことなのか」。なぜ、またなんでそんなことをしたいのかなどをお伝えできればなと思っています。それを通じて行動経済学と呼ばれる新しい経済学の分野について知っていただけるとありがたいなと思っております。そして、その誘惑の経済学からどのような知見が得られるのかをお話します。しかし、だいたい学者のやっていることは、現実に、日々頭を使って考えている皆さんの後追いでして、話を聞いた時にはそんなもの当たり前やんかと思われるかもしれませんが。経済学者がどんなことを考えているのかというのをこの話を通じて知っていただければと思います。メインのメッセージは「選べないことが幸せなこともあるんだよ」ということです。では、誘惑を経済学で考えたい。「経済学って何だろうか」ということをまず最初にお話します。経済学というと高校生の出張講義等で話すことも多いんです。経済学のイメージを語ってくださいというと大体高校生はお金ですか?お金儲けですか、といいます。それは否定はしませんし、実際に経済学の重要な一部ではありますが経済学はもうちょっと僕にとってはロマンのあるものです。お金の流れを理解するのは一部ではあるが全部ではない。やはり大切なのは経世済民、世を経め、民を救うための学問です。経世済民というところから英語のエコノミーを経済という日本語に翻訳しているのは福沢諭吉先生です。福沢諭吉先生は、すごいなと思うんですがその後、第2次世界大戦あたりで経済学とは何だと言う話がやはり学者の間で起こります。やはり、ものの配分を、人々にどんなふうに物を配れば、このものが足りない世の中でどんなふうにものを配れば人々は幸せになるんだろうかというところから経済を定義されました。福沢諭吉さんはその前の前から経済というのに世のため民を救うという言葉を使って、いやすごいな。昔の人はすごいなと思いました。で、経済学の目的なんですが、ですので経済の仕組みをまず理解しないことにはそこから人々を救うことはできない。なので、大事な経済の仕組みを解明して、それからこの世の中をよりよくするためにはどうしたらいいんだ。改善案を提案する。これが経済学の目的だと言っていいだろうと思います。そこで経済学の基本的な考え方について次にお話しします。一個だけ専門用語が入っています。選好という言葉です。簡単に言うと好き嫌いのことです。人それぞれ好みがあります。僕はチョコレートが苦手なんです。苦手な僕にチョコレートをおいしいから食べろと押し付けるのはそれは全然筋違いの話です。人の好き嫌いに優劣なんていうのはこの世の中には多分ないと思います。ひょっとしたらあるのかもしれませんが。人の価値観に優劣はないよというのが経済学の基本的なスタンスです。いろんな人がいて、いろんな好みの人がいて、いろんな価値感の人がいる。その人たちが集まって一つの社会ができている。で、それぞれの人の好み、選好ベースに一人一人の人を見て世界的な状態を判断しましょう。その状態がいいんですか、悪いんですか。一人一人の好みを見て社会的状態を判断しましょうというのが現在の主流派の経済学の基本的な考え方になっています。社会的な価値感、社会的に望ましい、社会的にはこうすべきだなんていうことは考えずにいろんな価値感の人が世の中にいるということを認めて経済を運営していこう。そうすると誘惑ってなんだという話になるんです。ある人は何か誘惑というとすごくネガティブな悪いイメージがあるんです。社会的価値感に反している行動をとる。そういうことが何かに誘惑されているいう話し方は一般ではよく使われるかもしれませんが、経済学ではそうは考えません。誘惑っていうもの人をそれぞれの選好、好みに基づいて考えなくっちゃいけないですよ。ここで最初の壁ができます。それで、タバコを例にとってちょっと考えてみましょう。健康に悪いのに喫っているからタバコは誘惑的、経済学ではこんな考え方はしません。なぜならすべてのリスクを受け入れて、人に迷惑をかけないようにしているならいいでしょう。ちなみに僕は愛煙家ではございませんし、どちらかというと嫌煙家です。タバコ大嫌いなんです。卒園支援ブースというのが本学にあります。ガラス張りになっていて、すごく目立ったところにあります。そこでタバコを喫っているのをみんなに見られながらさらし者にされて卒園支援しようというのがうちの大学の方針らしいです。僕が嫌いなものを端っこのほうで作っていただいて、それで自分もリスクを受けながらいいんじゃないか。それを健康に悪いからタバコなんて喫ったらあかんというのはちょっと違うんじゃないかという話です。でも、一方では同じ喫っている行動を見ても誘惑に苦しみながら喫っている人もいるかもしれません。タバコは皆さんいろんな感情をお持ちかもしれないので、くどいですが僕に引き寄せて考えたいもの、それはから揚げです。僕は9月頃に健康診断があるんです。毎年、お医者さんに怒られます。見ていただいた女医さんもちょっとふくよかな先生だったのでそれで何も言われなかった時もあったりして。妻からはやせなさい、やせなさいと言われています。僕はから揚げが大好きなんです。小倉の駅前を歩いていくと中津からあげいうのが売っていて、ちょっと引かれながらお昼前だったのでお腹減ってきたなと思いながら我慢して歩いてきました。からあげに会った瞬間にそれはもうますます食べたくなりますね。健康に悪い。それはそうでしょう。僕はメタボです。そんな僕が毎日から揚げを食べている姿を想像してください。皆さんきっと止めたくなるに違いありません。健康に悪いのに食べているから唐揚げは誘惑だ。誘惑に負けるなんて、たかだか唐揚げぐらい食べさせてくれよという話です。で、唐揚げなんかだと好きで食べている人、僕みたいに一生懸命あそこに美味しそうな中津からあげのお店があると思って苦しみながら歩いている人間と、2種類いるわけです。これはやはり見分けたいわけです。好きですべて受け入れて食べる人に唐揚げやめろと言えるかというとそれはそんなことをする社会は良くないです。だけどももし僕が苦しみながらも「いやいや食べたくない」、「ああ、ほしい」と悩みながら唐揚げを食べたら、そしたら何とかやめさせてやるという手段を見つけるのは社会として望ましいかもしれません。ちょっともうだいたい、実はメインのメッセージは伝わりつつあるかもしれませんが、誘惑があるとき、誘惑って何だろうと考えてみてください。今、友達とランチのお店、明日ランチ食べに行こう、どの店、予約しようという場合を考えましょう。で、僕はから揚げに誘惑されています。一つのお店はサラダ専門店です。もうサラダしかございません。もう一つなんとから揚げとサラダの店、から揚げ定食も選べるし、サラダも選ぶことができる。サラダVS サラダ&から揚げの店です。オプション、選択肢が多いのはから揚げの店、もう一つはサラダしか食べられないわけです。誘惑に苦しんでいて何とか誘惑をコントロールしようとしている人間なら、どちらのお店を選ぶでしょうか。何とかコントロールしているんです。ずるずると誘惑に引きずられているのではなく、あったら食べる。何とかコントロールしよう。会長にお伺いします。誘惑に僕は苦しんで、何とか誘惑と戦おうとしています。その時、僕はサラダ専門店を選ぶでしょうか。それともひょっとしたら誘惑に負けてしまう。或いはサラダと空揚げの店、どっちの方を選びたいと思いますか。会長:本音ではやっぱりサラダとから揚げですよね。でも誘惑に駆られないと思えばサラダを選びます。ありがとうございます。そうです、まさに今、仰っていただいたのが実はこの誘惑の話の非常にキーになる部分で、さあ、本音の実際に行動を選ぶ、実行者の自分ともうちょっとクールに冷えた頭で、でも、ほんまは誘惑に負けたらアカン、僕はやせなきゃいけないという、そういう、こうしたいと言う自分と実際にやってしまう自分と二人いるわけです。その2人の自分との争い、これが誘惑があるときなんです。で、お店を予約する時にはまだから揚げのあの美味しそうな油のにおいも嗅いでおりません。若干頭は冷えています。そんな時はどちらを選ぶだろうかと考えると、いや僕はできたらから揚げを食べたくないからサラダ専門店に行く。サラダ専門店を選ぶだろうというのが一つの経済学者の仮定です。こんなふうにして誘惑を考えたらいいんじゃないだろうか。多分たばこで戦われていた人はもっと話が早いかもしれません。禁煙したてで自分はタバコを喫いたくない。でも、うっかりお酒を飲んでしまった。たばこを吸ってしまうかもしれない。そんな時にどうせ行くなら同じお酒を飲むんでも完全禁煙の店にしてくれ。完全禁煙の店に行ってしまえばタバコを喫いたい、喫いたい、けど我慢する。喫いたいという心の葛藤のコストを負わなくていいので、すっきりとより狭いオプションのほうを選ぶかもしれません。こんなふうに経済学者は誘惑はコストとして働くんだと考えました。この内容の論文は2000年に、ちょっと前になりますが、発表された論文です。で、僕自身も勉強していることをかいつまんでお話しました。誘惑的な選択肢って何だろうか。社会的な価値感に基づかない。そんなものはないとして、個人の好き嫌いの範囲で個人として誘惑に苦しんでいるかどうか。それを考える時にこんなふうに考えましょうというのが提案されました。二つの選択肢があるとしてください。AとBです。通常はですね、僕たちは生きている限りできるだけ多くの選択肢の物を望むはずです。選択肢が大きければ大きいほどいいですね。だから僕たち一生懸命お金を数えて豊かな暮らしというのはいろいろなものが選べる中から選ぶ。それが豊かな生活なんでしょうか。誘惑の経済学ではちょっと違います。Aが誘惑がある。そうじゃない選択肢だけしか選べない。そんな選択の機会が少ないほうがより選択の幅が大きいより、より好ましい。そんな人を並べたらああこの人は何か葛藤しはるんだな。この人は何か誘惑で悩んでいるんだな。そんなふうに判断しましょうと現在は考えられています、経済学では。で、誘惑ってどんなふうにとらえるのかと言う話をさせていただいたのであと残りの時間でどんな知見が得られるのかということをまとめさせていただきます。通常のこれまでの経済学では豊かになるというのは選択肢をひたすら広げることでした。いろいろ便利になって、いろいろな、ぱっと起きたらそれこそコンビニエンスストアへ行ってバッと好きなものを買って食べる、豊かな生活。で、どんどんGDP を上げて選択肢の幅を広げて行こう。これは豊かな生活。というのは通常の経済学の範囲ですね。選択肢が増えると嬉しい。通常の経済学から導き出される考え方ですが、誘惑の経済学、人間の心理、弱い自分というのを考えた時には完璧なスーパーマンじゃなくって、なんか誘惑に負けてしまうかもしれない、そんな人がこの社会にいるということを考える誘惑の経済学では違います。選択肢が増えると必ず嬉しいわけではありません。嬉しい時ももちろんありますがたまに選択肢が増えるとしんどいことがあるんですね。先程のサラダ専門店か、サラダとからあげを売ってくれるか、そういう違い。こういう人間の心の真理、完璧ではない人間、弱さを持っている人間、或いは間違いを犯してしまうという人間を経済理論に組み込んで行こうというのが行動経済学のメインの目的です。で、誘惑というものを考えたときにどんなふうに経済を考えていけばいいか。誘惑に苦しむ人に対しては選択肢を事前に捨ててしまえるようなそんな自分をコントロールするような自制の手段を用意してあげるのがいいですよね。今まではそんなことは伝統的な経済学では全く考えてきませんでした。選択肢を絞った方がいいことがある。オプションを減らした方がいいことがある。そんなことは今までの経済学では見向きもされてなかったですがこの誘惑の経済学以来盛んに議論されるようになりました。実際2000年に入ってからは一世を風靡する話題です。具体例を、先程も言いましたが学者というのは皆さんの後追いです。世の中にはこれをうまい具合に利用して、実際は当たり前の話です。我慢するのを手助けする。それでお金儲けをされている方々、いっぱいおられます。僕も例を考えて見つけてみました。フライング・アラーム・クロック。アマゾンに売っていました。私は朝起きられない人間で目覚まし時計が大変なんです。二度寝を許さない。二度寝するオプションを削るすてきな道具です。こんな感じで時間になったらピューっと羽がどっかに飛んでいってしまうそうです。起きて羽を挿さないとこれ、目が覚めないのです。ただし Amazon のレビューを見るとさしても止まらないとか、何か評判が悪かったので買う価値があるかどうかはわかりませんが、こんなものが沢山ありますね。昔の作家さんが小説書かせるためにホテルに缶詰にするなんていうのも一つの手段やったかもしれないです。もうちょっとシリアスに日本としてどうするか考えて欲しいものとして国民年金というのがあります。現行の国民年金というのはおそらく現行のままではいろいろ議論があるでしょう。ここにおられる方々はそうじゃないと思うんですが、現実にはですね、弱い自分に負けてしまって夏休みの宿題をぎりぎり期限でやってしまう。そんな人たちも沢山いると思います。そんな感じで、いつか老後の資産形成はいつかやればいいと思って気が付いたら先延ばししてしまう。そういう人が現実には多いわけですね。僕は非常に現状が残念なのは国民年金なかなか活用されていないのですが、もうちょっと真面目に制度設計をし直して、国がふたの開かない貯金箱というのをしっかり作るというのは、一つこれは意味があるのかなとことなのかな。仮に利率が低くてもですね、誘惑に打ち勝つための一つの手段として強制的な貯蓄、あるいは他の積み立てなんかもそうですが、というのが役に立つんじゃないかというのが誘惑の経済学から言えることです。卒煙支援ブースについてですが、卒園支援ブースということで、もし大学の目的が分煙ではなくて、単純な分煙ではなくて、学生のことを考えてタバコで苦しんでいる学生を何とかタバコをやめさせるのを手助けしたい、それがもし大学の目的だった時に卒園支援ブースというのはどれぐらい役に立つんでしょうね。実際、これは大学の非常に目立つところにあります。ここに入ってしまえば簡単にタバコが吸えるんです。タバコを吸うというオプションはある意味大学が用意してしまっているんです。これは目的が卒園支援であれば僕は却って苦しめるんじゃないかなと思います。というわけで今日お話させていただいたことを簡単にまとめます。経済学ってどんなふうに考えているのかなというのをお話させていただきました。そこを通じて去年ノーベル賞が出た行動経済学と呼ばれる新しい分野について少しでもお伝えできればと思って話させていただきました。あと、どのような知見が得られるのかということですが誘惑の経済学を考えた時には選択肢の幅を広げるんじゃなくてむしろ選べないということが幸せなこともあるんですよ。そういうのを政府なり或いは企業なりが一つ誘惑に悩む人を手助けするような手段というもの提供するということが意味があることではないかなと言うことです。もし行動経済学に興味を持っていただいた方がおられましたらリチャード・セーラーさんが書かれた実践行動経済学という本は読みやすく勉強にもなるかなと思いますのでぜひ参考にされてください。ありがとうございました。

「教育改革と今の課題について」

2018、8、30宇治鳳凰ロータリー 卓話                    馬場 勲ご紹介をいただきました馬場勲です。私は莬道高校に勤めていましたので故郷に帰ったような懐かしい気持ちです。また私は草津ロータリーの会員で世話になっております。今日こちらに寄せていただきましたのは、当クラブの林様から卓話に来てくれないかと話があり、私でよければとお受けさせていただきました。充分なお話ができるかどうか心配ですが、限られた時間の中でお話をさせていただきたいと思っております。卓話の時間が限られていますので、資料として、レジメと「統計及び子供を取りまく環境」について準備をいたしました。レジメにそって話を進めさせていただきます。レジメの[1]「はじめに」ここでは人口減少と子供たちを取り巻く環境問題について触れたいと思います。2017年に生まれた子どもの出生数は、前年度より3万人少ない、94万6000人でした。戦後の第一次ベビーブームは、1947年から1949年の間で毎年出生数は250万人以上、第二次ベビーブームは1971年から1974年の間で、年間200万人を超えていましたが、2014年から2018年の間では、94万人と減少しました。国の国力の一つには総人口数と15歳から64歳生産年齢人口の比率も関係します。したがって将来の国力を考えると、出生数の減少は人口減に直結した大きな問題であり、その対策は今後の国の大切な政策の一つとして取り組まれなくてはならないと思います。また、高齢化が進む中でその年齢層の社会への係わりも方も大切です。模式図で示しました「現代の子どもを取り巻く環境」については、社会の変化が激しく子どもたちが翻弄されている状況があります。レジメの[2]「日本と西欧諸国の教育改革」についてです。今日の話の内容は皆さんご承知の通り教育というのは「国家100年の計」と申します。江戸末期から明治維新への移行はいろんな問題がありましたけれども世界各国の列強が介入する余地のない形で江戸から明治に移りました。これはやはり江戸時代の藩校や寺小屋が教育普及に果たした役割は非常に大きかったと思います。1840年には中国の上海でイギリスがアヘン戦争を起こしました。上海をイギリスの艦隊が攻撃して侵略しました。それまでにイギリスはシンガポール、あるいはもっとヨーロッパに近いスリランカのコロンボ、インドの西海岸にありますボンベイ(ムンバイ)など、拠点をどんどん武力で侵略して植民地支配をしていったわけです、江戸末期に日本も開国を迫られていたわけです。イギリスとの薩英戦争で英国艦隊から攻撃され、列強の進んだ軍事力に圧倒された。あるいは長州藩は下関戦争で列強4ヶ国から攻められ開国派へと変わっていきます。英仏などの列強は、当時の日本の国力が東南アジア、或いは南アジアとは違う簡単に武力では侵略できないと感じていた。しかも、当時はロシアが長州藩にお金を貸すから遠慮せずに申し出てくれと言ってきていた。すなわちいろんな国が江戸末期にひたひたと近寄ってきたわけです。そういう中で持ちこたえられたというのはやはり江戸時代の教育のおかげだと思います。当時、明治になりましてから、明治16年に文部省が寺小屋についての調査をしました。どれぐらい寺小屋があったか。なかなか数がわからなかったが江戸時代末期に寺小屋の数がだいたい1万1500~2万箇所あったという調査があるが、種々の調査があり時期によって数も異なっている。一つの寺小屋では50人前後の子供たちがそこで勉強していたわけです。庶民は寺小屋で読み、書き、算数ですね。それから各諸藩では藩校を作って本当に各藩がどう生き抜いていくかということでしっかりした教育をしていたわけです。そういう教育が江戸のベースのところで大きな力を持っていた。例えばペリーがやってきたときに江戸幕府は、開港について1年後に再来日した時に交渉することを約束した。その時、江戸幕府は各藩300程の藩に、ペリーの開港要求の内容を知らせて意見を求めた。ペリーは日本に開港せよ。貿易せよと迫っている。どうしたらいいかと、各藩に聞いているのですが、各藩から提出してきた内容の大半は外国船を打ち払へ、攘夷や尊皇攘夷だと主張。ところが飛び抜けた良い案を出したのが勝海舟でした。岩倉具視西欧視察団が、西欧へ渡航しましたが、最初アメリカに渡りました。その時に勝海舟は咸臨丸の艦長としてサンフランシスコまで随伴し折り返し日本へ帰ってきたのです。世界を見て世界に門戸を開かないとだめだ。そんな中で勝海舟は開国派に動いていくわけです。勝海舟は貧しい家庭でおじいさんが武士の位を買うわけです。おじいさんは目が不自由でその中でコツコツと仕事してお金を貯めて、そのお金で武士の位を買うわけです。勝海舟のお父さんはその貧しい下級武士で、わずか41石の石高を与えられていた。本当に武士の位を持つだけ、そういうような貧しい生活をしている。勝海舟はそれを見て成長したわけです。自分は勉強しなければだめだと強く思ってオランダ語を猛烈に勉強するわけです。お金がないので辞書を一冊借りてそれを写して二冊作成して、そして、その一冊を借りた金10両の返済に充て、もう1冊を自分のものにした。貧しい生活をしながらオランダ語の勉強をします。そして幕府の中でもすぐれた蘭学者となり、地勢的に海に囲まれた日本を守るため航海術、海洋学、兵学その他、あらゆることを勉強しているわけです。これはやはり教育というか、いろんなところで教育が生きてきている。江戸時代の教育、それが明治に受け継がれて明治5年に学制が施行された。主として寺小屋は小中学校へ、藩校は高等学校へと発展していくことになったのです。日本の教育改革の一番大きい変化は江戸から明治への転換期、それから太平洋戦争が終わってからの新学校制度6・3・3制度のスタートからです。太平洋戦争の名称は、戦争の内容から言って本当は大東亜戦争というのが正しいのですが、連合国軍最高司令官総司令部 GHQ が大東亜戦争の表記を全部黒抜きでつぶしたんです。アメリカと日本のみの戦争だとしたかったのです。すなわち、東南アジア諸国は日本が進出することによって欧米から独立していきますから、そういうところのことは少し抑えたいと考えたと察しできます。だから大東亜戦争というのは正しい表現ですが今は太平洋戦争という名称になっております。マッカーサーが組織したGHQにより新しい6・3・3制が開かれたわけです。日本の教育は、憲法、教育基本法、それに基づいて作成された学習指導要領にそって教育が実施されています。社会の変化に対応して学習指導要領は約10年ごとに改訂をされ、2020年から新学習指導要領改訂が実施されます。それは時代の流れとともに時代のニーズに応じて、教育内容が変わってくる。不易な面と変化していく面をしっかり把握して教育をする必要があります。例えば小学校であれば英語教育を入れる。今は5年生から教科書なしでやっていますが、それを3・4年生では英語に親しむ内容で、楽しみながら英語を勉強する。さらに5・6年生では教科書に基づいて英語を勉強することが2020年からスタートする。2020年は小学校1年から6年まで、中学1年から3年まで一気にその年度で変えてしまいます。高校は2021年から学年を追って変えていきます。日本史だったら古代史からやってきて、近現代史の学習の頃になると授業時間不足で最後までやれない結果となります。近現代史を学ばないまま終わってしまうことになります。今の時代は近現代史で日本や世界の歴史を学ぶことが大切です。新しく「歴史総合」という教科が導入されます。レジメの[3]「子どもを取りまく環境と親のしつけ」について。いま一番大きな問題は現在の子供を取りまく環境の変化です。これは学校教育と子供たちを取りまく環境というのが、並行しながら矛盾を抱えながら進んでいくわけです。そのことに関する資料に示されている通りです。核家族化に伴う問題、育児の問題、子供さんを生みたいけどもなかなか預かってくれるところがないという大きな課題。世界の子供たちに共通する長時間のスマホ。光泉中高校はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドに姉妹校を持って交流しています。向こうの学校でもスマホ対策に頭を痛めています。これは家庭でどうみているか、家庭によっては約束してコントロールできているところもある。ほとんど無理ですね。実際なかなかできていない。親のそこまでの力というか、子供とよくお話し合って使用時間などを制限したらいいのだけれどなかなかそうは出来ていない。スマホの中に潜んでいるものは子どもたちの成長にとってはもうどうにもならないほど悪いものが入っている。スマホの問題は子供たちの読書量も落ちていくし、スマホ使用時間は生徒によっては5時間も6時間も見ているようです。これはもう全国的な問題です。そういうような子供たちがじっくり本を読むということがなかなか出来ない。個人差はありますが。私は世界地理を教えてきた関係で多くの国を見てきました。アメリカ大陸の横断、第一次世界大戦の発火点になったユーゴスラビア、バルカン半島の諸国を視察しました。またイギリス全土を回り地理や世界史に出てくるようなところを見て回りました。そういう中で日本は物があふれているということです。この消費文化の中でそりゃ消費も産業の活性化に必要ですが子供たちにとって、そこはなかなか難しい問題があります。物多くて心貧しいのでは困ります。これは日本の家庭でも学校でも大事な問題です。あるいは退廃的な文化、インスタントの食生活、便利良くなったけれども.それでいいのかなと言う問題がいっぱいあります。すなわち、子供たちを取り巻く環境は、大人が作ってきたのです。家庭だけで対応していくというのは非常に難しい問題です。だから教育での現場で果たせることをきっちりやろうということ。例えば私が今勤めています学校ではいろんなことを具体的に、例えば時間管理を自分でする。学校の始業ベルは鳴らさない。これは近畿圏にある高校では少ないと思います。始業ベルが鳴ってもまだ廊下でまだ遊んでいる生徒はいません。すなわち教員が教室に行った時には生徒は座って授業の準備をしています。管理的というよりもだんだんそうなってきて、それが今スムースに行っている。学校に来られた方々が静かですねと言われます。学校は家庭と同じで、来客が来られたら「今日は」と挨拶する普通のことです。いろんな関係の方がお見えになりますが子供たちの挨拶がいいですねと言っていただいています。そういう場面でしつけというか、足元のしつけから普通に繰り返し行っています。すなわち、社会全体に頼ってもそれは無理なんですから、ご家庭で、あるいは自分たちのいる学校でそういうしつけをしていく。それが習慣となってきます。それをきっちり学校で見て、そしてここは良い、ここは悪いということが毅然と親と話し合いをして進めていくわけです。そういう意味で私たちは子供を育成するのにできるところと、それからこれは社会全体でやっていかねばならない問題とか、そういうことをできるだけ整理をして取り組んでいます。しつけは学校と家庭とで補完関係にあり、それぞれの立場を認め合って子どもを育てていくことが大切です。17年前は光泉高等学校の生徒は700人程度でしたけれど.今はおかげさまで1100人ほど、400人ほど増えました。滋賀県全体で毎年卒業生徒数は中学3年生が1万7000~8000人でした。今ずっと減少して1万4000人前後となっています。これから10年間はその数で推移します。そうすると私学の場合ですといかに生徒を確保して学校経営をするかということ、これもまた大事なことです。子供たちが減ってくる中で本校は逆に受験数が非常に増えてきました。今、近畿で、大阪では私学が100校、京都では40校、滋賀県では10校あります。この3府県で私立高校が150校あるのですが受験数の多さでは本校が5番以内に入っています。これは本当に学校経営上ありがたいことです。本校では一人一人の生徒をよく面倒をみます。一日の生活状況とか、家庭との連絡とか、本当に細かく面倒をみます。そして親との信頼関係をしっかり持つ。それから教員もどんどん成長させていかなければなりませんので研修会を充実して実施しています。本校の教職員は20歳代、30歳代、40歳代、50歳代、60歳代の幅で教員の占める比率をみると、各層とも約16%程度でほぼ均等です。年齢的にバランスのとれた状態です。年配層の高い経験者が若いものに教えたりするというようなことも含んで、要は学校としてできることをきっちりとやっていく中で信頼に応える。従って私が行きました頃は例えば京都山科の東西線地下鉄歩行通路に学校宣伝のための照明付き看板、あるいは学校周辺とか、多くの箇所に看板を立てました。しかし今は生徒募集看板を全部撤去しました。学校の生徒募集は看板では無理で、やはり保護者の信託に応える教育実践しかありません。要するに生徒一人の人間として善悪の判断が出来ること、また希望進路の実現に向けた学力をつけることが大切です。これは次の世代、すなわち次へ伸びていくための学力をつけないことにはどうにもならないわけです。卒業後の希望進路の実現に生徒も教員も努力することしかありません。スポーツをやっている子供たちにはクラブ単位で勉強させる。文武両道に成果が出ているのではないかと思います。さて今申しましたように子供の数が減ってきている。今年成人式を迎えた20歳の青年が約120万人。しかし生まれた子が約94万人ですからその差が減っていくわけです。今後一年間の出生数が80万人台になるんじゃないかという心配があります。そういうように子供の少子化の中で社会をどう作っていくかということは、これはもう個人の問題ではなく国あげての問題ですから国としても取り組んで欲しいと思っているわけです。私たちは学校に来て学んでいる生徒に対してしっかりとした教育を実践していくことが信託そして信頼にこたえるということになります。[4]「教育改革と公的資金」について、イギリスではサッチャー首相の時から教育改革に力を入れてきましたが、その後、ブレア首相になって、イギリスのこれから大切なことは、「一に教育、二に教育、三に教育」。イギリスを良くするには教育しかないと言うことを掲げ徹底的に教育改革をしました。ヨーロッパ各国での大学・大学院を含くむ高等教育機関への公的資金支出額について、日本とOECD諸国を比較すると日本が最下位になっています。IPS研究でノーベル賞を受賞された山中伸弥教授は、研究費の募集のために京都マラソンに出場して募金活動をされていました。研究員300人余のスタッフの給料が不足して一年単位の雇用で研究員の身分が不安定なことを訴えておられた。このように世界的な研究に対して国の支援が不十分であると世界から遅れをとっていくことになる。日本の大学の地位はどんどん落ちてくるということです。今や京大、東大ともどういう基準で選ぶかということも問題ですが、シンガポール大学の地位が上位になっている。だから日本がこれから工業国として、そして素晴らしい文化国家として行くのにはやはり大学教育の中に研究費その他資金投入が大切であります。昨年、私は光泉高校の生徒を引率してイギリスのカンタベリー市にある学校に語学研修にいきました。そこへイタリア・スペイン・ポルトガル・ギリシャ、ロシア・中国などから来た生徒と一緒になって研修するわけです。イギリス以外の国々では母国語に英語を学ばないとこれからやっていけない状況があるのです。ベルギーなんかの場合、周りは数カ国に囲まれています。フランス、オランダ、ドイツなどです。海を渡ればすぐそこにイギリスがある中で、ベルギーのような小さな国は必ず高等学校では2ヶ国語は必修になっているわけです。そうしないと仕事にありつけない。それぐらい英語の習得に熱心なんです。イギリスに夏休みに勉強に行く生徒が沢山おります。昨年中国の学生とも一緒でしたがが英語力はすごかったです。びっくりしました。中国はものすごい貧富の差があります。中国では小学校一年生からもう英語を学んでいます。私の友人が西安の大学で日本語を教えていますが、中国では論語は教えていないと言っていました。論語が日本の思想の考え方に影響を及ぼしていますが、中国では論語はやっていない。オーストラリアでは大学へ入学時の平均年齢は27歳ぐらいです。高校を卒業して一旦働いて自分でお金を貯めて大学に行くからです。日本は高校卒業すればすぐ大学へ行かないと悪いみたいな雰囲気になっています。社会全体がそうですから、なんか浪人すると親に悪いことをしたような雰囲気になっています。外国では働いて自分が金を稼いで大学へ行くことが普通になっているのです。日本の大学進学率は先進諸国の中では低い方です。短大を含んで52~55%位です。さて、今日の話の内容は、それぞれ相当時間をかけて話せる内容ですが。浅く広範囲に及びました。問題提起ということで受け止めてください。日本は要するにこれからさらに教育を充実させていく必要があるということですね。それからやはりあかん事はあかんと言える社会。今日とんでもない事件が次々に起っています。昨日だったか、マンションの上から自転車が降ってきたというような、考えられないような事件が日本に多発している。これは日本の社会の劣化だと思います。そういう意味で私たち大人は、日本人の持つ良い気質、勤勉・正直・親切・高い知識欲・旺盛な好奇心などを誇りに思い守り育てていく教育が大切です。教育に携わっている者はしっかりと、子供たちに教えていく必要があるだろうと思う。[5]「京都府立高等学校の入学選抜と通学圏」について現在の京都府の公立高校の通学圏についてですが、この宇治市地域は山城通学圏に入り、普通科の高等学校に行く生徒は南山城通学圏の中の学校から選んで行けます。ただし、その他に専門学科というのがあります。例えば桃山高等学校の「自然科学科」というのがあります。募集定員は80名。ここへはこの南山城からも行けるわけです。京都府下全域から行けるわけです。或いは堀川高校の「探求学科群」へは160名。これも日本海側から木津の方までどこからでも行けるわけです。すなわちその他の専門学科というところへは宇治の地域を含んで南山城地域在住の生徒は選んで受験することができます。但し、高等学校の普通科を選ぶ場合は今の南山城県内のみの中からで選ぶということになっています。学費については、現在11万8800円というのが公立高校の授業料金学費ですが全額無償となっています。これはオーストラリアもニュージーランドも全部公立高等学校は無料ですからそれに近づいたということになります。[6]「おわりに」日本の21世紀を背負っていく子供たちが「知・徳・体」を身につけてすばらしい若者に成長してくれることを願っています。大人はそれぞれが関われる分野で子ども達の健やかな成長のために努力をしていかねばならない責任があると思います。国際ロータリーという組織に属している私達ロータリーのメンバーもすばらしい子どもたちの育成に尽力できると思います。本日は卓話の機会を与えていただきまして誠にありがとうございました。丁度予定の時間が来ましたのでこれで終わらせていただきます。ありがとうございました。

選挙報道の楽屋話

2018年9月13日産経新聞 京都総局長 木村成宏京都勤務になる以前に大阪本社の選挙対策本部で選挙報道の責任者をしておりましたので、選挙に関して新聞社が取材のほかに、どんな作業やっているかというお話をしたいと思います。まず、選挙の種類ですが、一番注目されるのが衆院選挙です。任期は4年ですが、任期満了を待たずにほとんどが解散で実施される選挙です。参議院選挙は来年の7月にありますが任期6年で定数の半分を3年ごとに改選します。都道府県単位で選挙区があるのと全国単位の比例代表があります。先の通常国会で埼玉の定数が6から8になって、比例代表が96から100、定数が6増えることになりました。  次は統一補欠選挙、これは衆参選挙で死亡、辞職した欠員を補充する選挙で4月、10月の第4日曜に行われるというのが原則になっています。もう一つは来年春にある統一地方選挙です。任期4年の地方自治体の組長と議員の選挙。原則的に3月から5月に任期満了を迎える議員を選ぶ選挙です。一斉にやると投票率がアップしたり、経費削減につながるとして行われているのですが、任期途中で辞任したり、死亡したりしているので、選挙の統一率はもう30%を切っている状況です。さて、昨年10月に行われた衆議院選の特徴としては、1票の格差を是正するために定数が10削減された選挙でした。もう一つは18歳、19歳の人が選挙権を得てから初めての衆院選挙だったということです。このとき、投票日翌日の10月23日までに18歳の誕生日を迎えた人が投票可能だったので高校3年生の中でも投票できる人とできない人が混在する形になりました。もう一つの特徴は女性候補者の割合が前回の選挙は209人で、その前より11人増えて17.7%で、過去最高になったということです。それでも国際的に見ると、非常に低い状態で女性議員を増やす努力は必要といろんなところから指摘されています。選挙結果ですが、自民党と公明党、与党合わせて3分の2の議席を超えて、憲法改正の国会発議も可能な状態になっています。ただ、比例代表の政党別得票率を見ると民主党と、当時の希望の党を合わせると36%で自民党の33%を上回っています。野党が分裂して自民党の大勝を後押ししたのかなということです。小選挙区の政党別得票率で見ると自民党が47%で他を圧倒しています。立憲民主党は8%で、希望は20%。これは理由があって全国289選挙区のうち自民党が候補者を擁立できたのは270、ほぼ9割以上の候補者を立てましたが希望の党は198、分裂した立憲民主は63しかなかったので、やはり安倍首相が電撃的に衆議院を解散したので野党は候補者が立てられなかったということです。その結果、投票した票が候補者の当選につながらない、「死に票」と言われる票が多く生まれました。小選挙区では当選者が1人で第1党に有利な仕組みになっています。乱立する野党に投じられた、落選者に投じられた票は「死に票」になるわけです。死に票の政党別の割合でいうと小選挙区と比例代表の復活で256人が当選した自民党が6.1%にとどまりました。94%ぐらいは当選者が生まれる票になった。公明党も9.9%で9割近い投票の中で候補者が当選しているということです。逆に野党では候補者を206選挙区に立てた共産党は当選したのは5名だけで、投票した票のうち、94.8%が当選に繋がらなかった。198人中の45人の希望の党は6割、日本維新の会も6割5分ぐらいの票が無駄になっているという結果です。立憲民主党で63選挙区のうち45人が当選している死に票率としては20%ぐらいにとどまっています。選挙に関する新聞社の取材、作業の中で一番注目しているのは衆議院選挙の解散の時期です。これはいつ起こるかわからないので、この準備をするのはなかなか難しい。衆議院は4年の任期があるのですが任期を満了したのは三木内閣のとき1回だけです。解散については、首相は嘘をいってもいいと言われています。衆議院では一般的に任期4年のうち、残り2年を切ればだいたい解散する雰囲気が漂ってきます。直近では、安倍首相が昨年9月28日に臨時国会冒頭で解散しました。この時の衆議院の在籍日数が1020日、平均の在職期間976日ということなので解散の時期は熟していたということです。だいたいおよそ2年あまりで解散をしています。任期満了したのは三木内閣の1回だけで、その次に長かったのが麻生内閣の時の選挙です。当時の麻生首相も解散に踏み切れず、追い詰められて解散して、結局民主党に政権を奪われるというような事態になりました。新聞社の方でも衆院任期は2年ぐらいをすぎると、正月明けとか、お盆とかに選挙の特集紙面を作ります。この時点ではまだ候補者がよくわからないですけども、現職とか、あらかじめ候補者が決まっている人の名前を紹介して、どういう選挙になるかという解説記事を掲載します。本社の選挙責任者をしていたのが2012年で、民主党から自民党が政権を奪還して、第2次安倍内閣の誕生につながった選挙です。だいたい実際に選挙が行われる1年以上前からそういう準備を始めて正月用に次の選挙の立候補予定者の名簿や、選挙戦の構図とか、注目点などを紹介する特集紙面を作っていました。当時は6月ぐらいに消費税引き上げの法案をめぐって、与野党の対立が激化しことから、特集誌面を作りました。この時の候補者をあげたのは1002人ですね。11月になって、当時の野田佳彦首相が、安倍晋三自民党総裁との党首討論の中で、16日に解散してもいいと宣言しました。その翌日に作った紙面では候補者の数が1183人に増えています。次に選挙が実際に公示された日で1504人にまで増えました。この当時は民主党、自民党、日本未来の党、公明、維新、共産、みんなの党、社民、新党大地、国民新党、改革など、政党の数も増えました。解散から公示日までの約20日間で1504人分の顔写真と経歴を全部集めるという作業をします。これはなかなか大変で、このときも候補者自体が捕まらない。経歴がわからない人もいっぱい出てきて、そのたびにその支局の記者とかに連絡を取って写真を撮らせてもらって経歴表を書いてもらうという作業をしていました。これは候補者の経歴・顔写真をあわせた名鑑という記事を作成するための作業です。この名鑑では名前と年齢と党派、現職か、元職か、新人か、代表的な肩書き、学歴などを表記します。しかし、字数が限られており、例えば、ファイナンシャルプランナーとか、コンサルタントとか長い名称の職業だと全然入らないですね。ですから無理やりFPとか、何とかコンサルというふうに略したりしています。あと、限られた紙面で情報を掲載するために名鑑では政党の略称を使っています。自民党なら 「自」で、立憲民主党なら「立」とか、このとき12の政党が乱立しまして、「みんなの党」「みどりの風」、「日本未来の党」とか、全部「み」になるような政党がいっぱいできました。みんなの党は「み」みどりの風はカタカナの「ミ」、未来の党は「未」というふうに表記したりしました。こういう名鑑を集めて全部で1500人あまりだったんですけども、それを全部チェックして、修正して各支局に確認してもらうという作業を行います。参院選とか、統一地方選なんかもそうですけども、あらかじめ日程が決まっていますので準備はしやすい。しかし、衆院選だけはいつ解散されるか分からないので、短ければ20日間ぐらいで全部の作業をしないといけないということで大変です。公示日の前日には、本社の近くのホテルに部屋をとるのですが、結局、ホテルに泊ることはなかったです。公示後、どういう記事を書いているかというとこういう各選挙区の候補者の優劣を紹介する情勢記事を掲載します。各新聞社は公示直後の序盤の情勢、公示翌週の木曜日頃にだいたい終盤情勢という記事を掲載しています。選挙報道では基本的に名前の順序を原則届け出順で表記しています。ただ、この情勢原稿は世論調査をもとにした分析原稿なので、その届け出順で書かずに強弱、強そうな候補者を書いています。例えば、大きく電話による世論調査で差が大きく出ている場合は大きくリードとか、引き離しているとかの表現になります。投開票日はNHK、民放含めテレビは午後8時前から、特番が始まります。投票が締め切られた午後8時には、得票0で大体100人以上に一斉に当確が流れます。投票が締め切られただけで開票作業がまだ始まっていないのですから、おかしいといえばおかしいのですが、それまでの世論調査の結果と各マスコミが投票日に全国の投票所で投票をおえた有権者に対して誰入れましたかと聞いています。その出口調査の結果を踏まえて判断しています。出口調査ではっきりした優劣が出なかった選挙区は、開票所で得票を数えるという作業を行います。棚の上に200票ぐらいの票の束を開票にあたる職員の方が積み上げていくのでその束を数えて優劣をみたり、仕分けている票の名前を双眼鏡で覗き込んでカウンターでどれがどれだけ多いという優劣の傾向をつかんだりします。だいたい衆院選の場合は午前0時~1時ぐらいに小選挙区の当選者がほぼ決まります。ただ、比例代表は翌日の朝までに決まります。この日も徹夜作業になるのですが、人工知能(AI)の時代と言われますが。新聞社はまだまだ人力の作業を続けています。

AIと IoT が急激に変える世界

2018.8.23 AIと IoT が急激に変える世界中林賢一始めさせていただきます。AIoTの中林と申します。いつもは1時間ほどかけてお話するようなお話なので、30分で納めるように頑張りますので、はしょってのお話になると思います。何かありましたらご質問いただければと思います。AI と IoT ということでお話させていただきます。AI について知っている、というにはこれぐらい知っておいて欲しいなというような話をキーワードとしてまとめております。IoT に関してもいくつかキーワードを挙げてお話をします。私の会社は、昨年立ち上げたばかりで、AIとIoT をかけた、まさにこれがやりたいと言う会社です。まだ、5人しかいない会社なんですけれど、勝算はあります。AIにしても IoT にしても、例えば IoT に関しては某企業様のほうからソフトウェアをサクッと作ってださいというお話をいただいております。大きな会社さんでも、やはり分業といったらいいんでしょうか、IoT の事業に関してはソフトウェアに投資しづらいというような、実はニッチな分野ではございます。AIに関しても、お前AIをやれと言って社内にできる人はいるかといえばそうじゃない。AIのような、ある程度プロフェッショナルな仕事は、我々のような専門ベンチャーに回って来るんじゃないかということで今、勝算を感じているところです。林様とはAI・IOTについて勉強会で一度お話させていただいて、このロータリーでもかなり興味を持たれているということで、お招きを頂きました。ありがとうございます。会場がこんな立派なところとは思わずに、一度前を通り過ぎてしまいました。キーワードに関しては、AIのブーム、それからAIのレベルについてお話をします。AIというのは囲碁で有名になりました。それからAIで切っては離せない猫があります。猫という動物がキーワードにでてきます。あとは AI といえばやはり2045年問題です。2045年になれば、もう手元の10万円ほどのコンピューターが全人類の今より10億人減ったとして60億人、その人たちの知能がすべて1台のパソコンの中に入ると言うような時代が2045年だと言われております。IoT 、これはインターネット オブ シングス。第4次産業革命、300億、インダストリ4.0、これは第4次産業革命の英訳ですが、CPS 、EnergyハーベスティングLPWA、それからスマートホームというキーワードがあります。最近、どうしてIoT・AI の話をすることが多いかというと、昨年、一昨年の情報通信白書というのがあります。この白書には AIとIoT 、それからビックデータというキーワードがあります。この三つが大々的に取り上げられたのは、まだ2年前です。この前の年にはまだ携帯電話の普及率がどうのこうのというのが書かれていて、まだ AI・IoT が前面に出てくることはなかった。つまり、まだ2年ぐらいの流行の産業でしかないと日本では思われています。それに対し、経産省はかなり日本で AI・IoT の普及率が低いということに対して警鐘を鳴らしていす。普段、我々は企業様の中のシステムをやっておりますので、なかなか外に出せるものがございません。ですが、今回、滋賀県 IoT 推進ラボという取り組みがございまして、その中で我々こういうことができるよ、というようなことを発表させていただいただいたところ、結構最近引き合いが多いです。我々の商品は温度のデータを取ったり、川の水位のデータを取ったりしています。そのデータを取った上でクラウドにしまってそれをパソコンやスマホ、タブレットに出るようにしています。さらにはGoogleHomeと言ったような, 今テレビでも宣伝していますが, 何かしゃべったら答えてくれるスピーカーがあって「ねえGoogle 」とか言うと答えてくれるんですが、「今の温度、何度?」と聞けば答えてくれます。これは田んぼの水位計に使いたいなと思い、農家の方が、別にパソコンも何もなくてもGoogleHomeだけを買ったら「今の田んぼの水位は?」と聞けば何センチと答えてくれるようなものが提供できたらなと思っております。昨年発表された、京セラさんの通信網を使ってまして、月額60円ぐらいでこのサービスを作ることができます。このサービスがでる前は月額2000円ぐらいかかっていましたので、多分こうしたものに対しては、なかなかコストがかかるのだと思っている方が多いんですが、実は昨年あたりからこのIoTに関してかなり進んでいます。プレスリリースでございますが、AI を使った、JR湖西線が遅れる、遅延を知らせるサービスというものを発表させていただいております。これに関しては滋賀県から ICT大賞を今回いただきました。我々の最近の商品を紹介させいただきました。本題に入ります。AI はArtificial Intelligence 人工知能です。2年前の情報通信白書に、初めて AI とは何かということが書かれています。結局は知的なものです、と言う分類しかされていません。要するにまだ何もわかってない、何がAIだということが決められていない状態だと思ってください。その中で松尾先生の「人工知能は人間を超えるか」という本があります。この本は結構わかりやすいので、もしAIに興味を持たれた方がおられましたら読んでみると面白いと思います。AI は、実はコンピューターの歴史そのもので、コンピュータ発明以来、人工知能というのがずっと実現できると思われていました。当たり前といえば当たり前なんですが、日本製のスーパーコンピューター京が世界でトップになったことがあります。計算が1秒間に1京回出来るということはもう人間の能力をとっくに超えている。人工的な知能と呼んで不足はありません。人間の計算は掛け算をすると実際多分10秒はかかると思います。それを1秒間に1京(10000兆)回出来るというような点では、もうとっくに人間を超えている。つまりパソコンが始まった1960年代、そこから、人工の知能と言う形で研究は進んでおりました。現在、 AI のブームと呼ばれる、その指標となっているものは2012年、ディープラーニングという技術が出てきた。この頃からAIは本物だと言われています。では 、AI とは実際何ですかと言われたら、人工知能を実現するための要素技術で、何に使われているかというと、ゲームに勝つ戦略や画像認識、音声認識、それから言葉を理解する、こういったかなり狭められた用途に対して、特殊なことができるものです。先ほど述べましたのは、計算が人より速いということです。特殊な分野に対して、人間より出来るよといった、ゲームを行うだとか、 言葉を認識できる、画像認識が出来るという用途に対して今、AIというブームがきています。実際 、Google の会社が人工知能の会社を買ったというのが2014年に話題になりました。この頃は「何ができるか、本当なの?」という反応でした。どんな会社を買ったかと言いますと、人工知能に、ゲームを人と同じ様にプレーさせるソフトウエアを開発する会社です。スペースインベーダーとか、ブロック崩し、これをカメラで見て高得点をとれるように学習していくプログラムを作っている会社を、Googleが買ったんです。で、その会社は、2016年に囲碁で世界チャンピオンを破ってしまった。つまり、2年前にGoogle が人工知能に対して、投資したことが間違いなかったということです。あとはアップルと Google が二大巨頭ですね、AIの会社を買収している、もちろん IBM Facebook アマゾン マイクロソフトとあるんですが圧倒的にGoogleとアップルが会社を買っています。この中で Google が買った日本の会社があります。ロボットの会社ですがすでに売られてしまっています。取捨選択が激しい動向になっています。AIレベルについてレベルは四つあります。レベル1は決められたとおりに動くアルバイト、レベル2はより多くのことができる一般社員、レベル3は課長さん、レベル4はマネージャです。例えば、今まで高速で株式を売買出来てきた。この程度のことはレベル2であると分類されています。将棋は、2016年以降はプロ棋士がコンピューターに勝てないということでもう人間対コンピュータの対決はやめますと宣言されたんですが、将棋に関してはまだレベル2~3の段階です。ですが例えば将棋、チェスの場合もそうですけれど、全部の手を数えたら10の120乗、220乗という話があります。これを全部コンピューターでまかなう、計算したとしても、宇宙の年齢よりも長い計算時間が必要であるということで、本来こうやってはできない。幾らコンピューターが早くなったとしても、全部の手を総当たりでは探せないのですが、それでも勝てるようにしたというのはある程度レベル2からレベル3の人工知能が入っていると思ってください。囲碁に関しては、絶対人間の方が勝つ、人間に勝てないと思われていたのが、先程のGoogleが買った会社があっさりと2016年に破ってしまった。これは大変な衝撃だったようでインターネット上に意見が上がっています。囲碁でも人間が勝てないということでAIが本物と言われるようになりました。その理由は、2012年に発表されたディープラーニングという技術があって、AIに関してはとても重要です。2012年まではかなり頑張って職人芸で頑張ってきてエラー、間違い率が0.0幾つというところでしのぎを削ってきたのが、ディープラーニングと言う技術を用いた会社が来て10%以上の大差でエラー率を改善してしまった、というのがあります。これが今のAIの本質です。ディープラーニングは、コンピューターが猫はこういうものであるよと教えられずに、何か猫のような形のものがあるんだけれどと、これを分類しました。これを「猫」と呼ぶとはもちろんコンピューターは言わないですけれど、分類したのが始まりです。つまり機械学習で猫というものが存在することを、自分でコンピューターは学習をしたんです。これが AI のレベル4の発端になった論文です。機械に学習させる、人間が学習させるということが、今までずっと必要だったものが、機械が自分で学習していくという時代になっています。要するに、ほっといたら機械がどんどん賢くなってくるんです。で、今後、いろんな問題が将来起こるだろうということは、予測されております。AIでできることに関しては先程、総務省の白書をいいましたが実はもっと前、その3年前にハーバードビジネスレビュー、アメリカの論文ではもうまとめられていたんです。フィンテックAI、これは金融系のAIという意味です。AIは実はどこに来ているかというと、例えば第2次産業革命に関して重工業だとか、第3次はインターネット産業革命ですけども、それらのように、ものづくりに来ているのではなくって、AI は実はサービス業に来ています、まずは。これはちょっとしたキーワードです。具体的にはコールセンターのオペレーターの支援、電話がかかってきたことからAIがオペレーターを支援する。過去のお客さんの履歴を出したり、お客さんが発した言葉をキーワードにして、それに対して検索をかけて、先回りで画面にオペレーターさんにこういう答えをしろ、と回答を出してくれるような仕組みを、みずほ銀行、東京海上、それからJR も導入しています。最近ロボットは、回る寿司屋さんの受付にもいます。このような形で、ロボットがAIを搭載することで、人の仕事をどんどん取っていくような世界が来ております。パン屋さんのレジで、パンをトレーにおいて写真を撮ったら幾らと一瞬にして会計を出してくれる。こういったものも120万円ぐらいで売り出されています。一般の農家さんが、きゅうりの仕分けに先程のディープラーニングの仕組みを使おうということで雑誌に出しました。このように、AI は結構ニッチなところで実現できるんじゃないかということで、我々は産業界にぜひ入れて行こうとしています。昔から産業ロボットは動いていましたが、最近 AI が入ることによって何ができるようになったかというと、今までロボットは硬いものしか掴んでこなかった。AI搭載ロボットは、から揚げが掴めるということで結構有名になっています。つまり弁当屋さんとかで弁当を盛り合わせたりするのにAIとロボットが入ってくる可能性は今後あります。IoTというのは、第4次産業革命の本質だと言われております。AIが第4次産業革命に分類する方もいますが、実際、昨年ダボス会議で第4次産業革命はIoTだと定義されました。IoTというのはインターネットオブシングス、インターネットにモノがつながるという意味で、なんでもインターネットにつないでしまいます。例えば電球1個1個が壊れるタイミングを教えてくれる。そういった、モノをすべてインターネットに繋ぎましょうと言うのが第4次産業革命だと言われています。産業上、先に壊れるタイミングを予測する、壊れる前に取りかえるというところにビジネスチャンスがあります。インダストリ4.0.それに関しては第4次産業革命とはまた別の概念なんですけども、コンピューターの上で今、行っていること全部そのままシミュレーションします。要するに現実の世界とコンピューターの上の世界と全く一緒にしてしまいましょうというような話です。このことをサイバーフィジカルスペース(CPS)といいます。サイバーというのはコンピューター上のこと、フィジカルというのはリアルな世界です。この二つを全く一緒に動くようにしてしまいます。全く一緒にするために、いつもセンサーで採ったデータをそのままコンピューターに乗せて、そのままフィードバックしましょうという話です。要するにコンピューター世界と、現実世界が全く同じように動くものを考えているということです。こういった考えが世界で実現されようとしていますが、経産省は痛みを伴う転換が必要だと言っています。これはなかなか先の話をしていて取っつきにくいところですが、新産業構造ビジョン、それからソサエティー 5.0という言い方で、日本の社会は変わらないといけないということを、経産省は警鐘を鳴らしています。ただ、これは皆さんにも響いてないと思いますのでまた興味があればインターネットで資料を探してみてください。IoT に関しては今までHEMS ・Home Energy Management Systemと呼ばれる、家の屋根に太陽光発電をつけて、家のエネルギーの消費量を全部見られるようにする、と言った話があったと思いますが、これは結構投資がいるような話で、一部の人にしかできなかったと思います。今の IoT というのはどういうことをやっているかというと、Google、アマゾンのスマートスピーカに話すと電気をつけてくれる、エアコンをつけてくれる、テレビをつけてくれる、或いはうちの会社の事務所にもつけていますがスマホで鍵を開けるようにできます。これは2万円ぐらいで、後付で、合鍵を作りたくないというときにスマホで開けることを今やっています。こういったことがIoTですね。で、先程のHEMSというような動きは、結構官民の動きで、つまり補助金がらみで、補助金が終わったらなかなか進まないというのがあったんですが、IoT に関しては、これぐらいのプレーヤー、これはアメリカのグラフになりますが、これほどのプレイヤーが IoT に参加をしていて、今後、 IoT が第4次産業革命といわれる世界が来ています。IoT に関しては、何が IoT を動かすか?ということでセンサーが300億あったところで、それは全部電池がいるとしたら、電池を換えるのは大変だと思います。そこで、電池なしで動かそうとしています。室内の光だとか温度差とか、例えばスイッチを押したら、その物理的なエネルギーで、カチっとやるエネルギーで、それでセンサーを動かそうとしています。LPWAこれは低電力広域通信、2000円が60円になったと言う話です。携帯電話で同じような仕組みを作ると、2000円ぐらいかかっていたものの料金を二桁減らして、低電力でやっている。もちろん通信量は格段に少ないです。携帯電話なら動画が見られるところが、この LPWA では1回に12バイトとかいうかわいい量しか送れない。ですが、センサーに対しては、こういった通信網で十分です。どういうことができるかというと、ヨーロッパでは下水の水位だとか、スマート農業と言うように、こういった広域センサは農業経営にも流行がきています。日本はこの流れには乗っかれてないんですけども、次、来るのはスマート農業かなと思います。あとは、東京電力さんが、メーターにこの LPWAの仕組みでデータを取るということをやっています。AI で何が変わるかなんですが、まずNHKのホームページ、2018年1月21日、「AIで雇用減」をはじめ、3ヶ月ぐらい「おはよう日本」のテーマとしてAIが取り上げられています。例えば40歳代、前後のホワイトカラーの方のうち、5割以上の人は AI で仕事がなくなってしまいます。多くの企業がAIの影響を受けることが報告されています。具体的には日米で1億を超える人が失業するというような報告が出ています。去年、週刊誌にもなくなる職業ということで結構大々的に報道されました。例えば、かつて、ベルトコンベアが導入されて、物を運ぶ役割の方がいらなくなった様に、AIが導入されたらどうなるかというと、実は管理職の方が職を失うことになります。今の頭脳職、事務職、肉体労働職のうち、事務職がなくなっているということはちょうど中産階級ですね、の方が減ってきているということで職業二極化がされているといいますが、これは本当に技術発展に伴う痛みではないかと思います。結局、職業を失ったところで仕事がなくなっても、また新しい職業が出てきますよということで、そんなに悲観するような話でもないかもしれません。ただ2045年問題ですね、これに関しては2030年にはマトリックスの世界が実現される、人間の頭にプラグを差し込んで、人間の脳の内容をインターネットの上にアップロード、全部すい上げるというような時代が2030年に来ると言われています。つまり自分の意識がインターネットに残ったまま、それが現実なのか、インターネットなのかわからないような世界が、2030年に来ると言われております。で、その15年後には1台のパソコンが、全人類60億人、70億人を合わせた力よりもこの1台のパソコンの方が賢いという世界が来ると言われています。ここから先が、人類の発展がわからないという意味でここを特異点(シンギュラリティ)と言われています。それまで私も生きているかわかりませんけども、出来たら見てみたい世界ではあります。本日はご清聴ありがとうございました。

2030年世界はこう変わる

2018、8. 2   ~米国国家情報会議編~松吉 要造ご紹介いただきました松吉でございます。本来、こういうところでお話できるような資格はないのでございますけども、ある勉強会で林先生とご一緒でございまして、林先生には私.「借り」がございまして、言われたら「はい」と言わんといかんようなことがございます。こういう場に招かれて非常に恐縮しています。テーマはその勉強会の時に、ちょうど5ヶ月ほど前にお話、この勉強会は順番でございますのでお話したことを もう一度ということでございます。実は「2030年、世界はこう変わる」こんな本がございまして講談社から出た本ですけども、年甲斐もなく この度は先 どうなるやろうな とか、技術的なこと、或いは社会的な現象だとか、いつも関心があるほうでございまして、本屋でこういうものを見つけたんもので読んで見たら面白かったので、勉強会のメンバーにお話しましたことを今日、お話させていただくことになったのです。あまり時間がございませんので随分端追った、お話というよりも、この本のポイントだけ抜粋させていただきたいと思います。で、この本は米国国家情報会議というアメリカの情報機関が世界のこの先について分析した本でございます。このレポートでございますが これは簡単に申しますと大統領に世の中、こうなるよという報告、レポートをまとめたものでございます。多分これはオバマさんの時代にオバマ大統領が読まれたのではないかと思います。今のトランプさんはこんなレポートを読んだらけとばされると思います。そういう内容でございます。で、項目といたしましては大きな流れⅠⅡⅢⅣとあり、まず世界の流れについてお話しますと言うよりもご案内申し上げたいと思います。メガトレンドⅠ個人の力の拡大世界で起こることの最大の問題の一つは個人の力の拡大ということです。貧困層が激減してアジアを中心に16~20億の新たな中間層が生まれてくる。中間層というのはある種の所得を持った人ですね。中間層が誕生するであろうし、今後15年から20年間に世界が直面する多くの課題を解決する上で個人の力の拡大という要素はとても重大な要素になるだろう。一方では小さな集団が多量の人の命を奪うような破壊的な技術を手にする危険性もある。個人の力が拡大することで、貧困層の縮小が進み、世界的に中間層の劇的増加がもたらすであろう。個人の力が強まるが中間層の拡大は国際的に構造的な変革をもたらし、個人の力は強まるが職を得るための競争が激しくなり、多くの人が将来や政府への不安を抱えた状態になるのではないかという懸念もあります。貧困層は5億人減るまた貧困層は5割減る、5億人減るということです。現在世界で約10億人が極貧と言われる状態で栄養失調であると言われています。一日の収入は1.25ドル以下を貧困と言っている。150円ぐらいと言われていますが貧困層の減少は東アジア、特に中国で顕著におこっている。中国はどんどんと沿岸部から農村部で貧困者は減っている。また 南アジア、中東、北アフリカでも極度の貧困者が減少しているというのはご存知だと思いますが サハラ砂漠以南についてはこれからも貧困層は減らないのではないかとレポートは予測しています。購買力が衰えていく米国と日本このレポートで気になることの一つに購買力が衰えていく米国、日本、中間層の台頭は政治への影響を与える。中間層が増えると民主主義を求める声が高まるとともにポピリズムや独裁政治が生まれやすくなる。しかし1人あたりの GNP が1万5000ドルになると民主主義が定着して独裁政治に戻る可能性はなくなると言われています。世界的な中間層の増加で米国や日本の中間層の購買力は世界的に見てとても小さい比率になってくる。どんどん比率が下がっていくということです。先進国の中間層は世界市場に職を求めざるを得ないがそこには台頭する新興国の中間層との戦いが待っている。北米や欧州の中間層の購買力は今後10年間、年率0.6%の伸びにとどまるがアジア開発銀行の試算によるとアジアの中間層の購買力は2030年まで年率9%ぐらいの伸びていくといい、アジアの中間層の伸びが非常に大きくなるということです。なくならない男女格差いろいろ最近でも問題になっている「男女の格差」ですがアメリカのこのレポートではあまり男女間格差の問題は解決しないであろうと見ています。特に北ヨーロッパでは随分と女性の社会進出が進んでいるわけですけど、やはり、ちょっとむつかしい問題があるではないかといっています。で、女性が政治に進出すると 議会や官庁に女性が増えると腐敗が減るという調査結果もあって、本来はもっと女性の社会進出が必要ではないかと言っております。広がる外部との交流これはスマホが世界的に増殖しているわけです。スマホの普及は非常に外部との情報交換が進むということになります。有線の固定電話は社会インフラの整備に巨額の投資が必要ですが、スマホということになりますとアンテナを引くだけでほぼいけます。非常に社会インフラとしては簡単なにものになりますのでその結果、アフリカ通信網は今現在アフリカ大陸でも65%の人が網羅できるぐらいになっているようです。インターネットを使っていろんなことで外部との交流が深まるであろうし イスラム教の社会でもやはりこういうものを使う人が増えています。人類はより健康にエイズの問題だとか、それから感染症で死亡する人の激変で豊かな国との寿命格差があるけれども人類はより健康になるであろうと言われております。   イデオロギーの衝突不安材料ということで、これは非常に大事なことですけれど、今の世界というのはアメリカのスタンダードというか、世界の経済のグローバル化に伴い欧米流の考え方が世界のあらゆる分野に今後進行する。科学的な立証、個人主義、政経分離、法の順守などが欧米を代表する価値観です。西洋的な豊かさを求める非西洋国の多くがこの理念採り入れようとするだろう。今後新興国では従来の政治、宗教、文化などの価値観とグローバルスタンダードとしての価値観とをどういうふうに融和させ行くかということが大きな課題になると言われています。メガトレンドⅡ権力の拡散この辺はちょっと気になるところだと言っています。アメリカをはじめ欧米各国の力が衰え、世界は覇権国家ゼロの状態になると見ています。で、2030年までに国際社会の権力構造が大きく変化する。発言力を持つ国家の数が増える一方、国家でない非公式な団体やネットワークの発言力が増す。1750年以降続いてきた欧米中心主義を反転させアジアは再び国際社会と国際経済の主役になることを意味する。GDP 人口、軍事費、技術投資の4点から試算した国力比較で2030年までにアジア地域としての力は北米と欧州を含めた力よりも大きくなる見通しである。2020年のどこかで中国は米国を抜き、世界第1の経済大国になる。相対的に低成長を続ける欧州日本、ロシアの経済力は弱まるであろう。といっていますますが ある資料によりますとこれからアジアの時代だと言っています。オランダのグローニンゲン大学の調査で西暦1年(今年2018年)の世界の GNP はインドが33%、中国は26%、その他のアジアは17%で アジア全体で76%を占めています。ローマ帝国ですら11%であったと言っています。西暦1500年でも中国とインドで半分、西洋が歴史の頂点に立ったのはわずか150年前からだという。で、アメリカも同じような見通しを持っています。アジアが非常に強くなってくるのではないかという。その中で中国の覇権は短命ということです。アメリカは 2030年には中国の GNP は日本を140%上回ると見ています。但し、世界の経済大国の地位は意外にも短命になる可能性がある。中国の経済成長率は落ち込む一方で、インドが伸びるからです。中国の労働人口のピークは2016年に到来、中国9億9400万人を頂点に2030年には9億6100万人に減少、インドの人口のピークは2050年頃だということです。抜かれる先進国で世界のトップがいつ米国から中国に交代するか、 GDP、人口、軍事力、技術投資、健康、教育、投機を使ったモデルデザインによると中国が米国を抜くのは2040年以降になる。こんな中で日本の国力はジリジリと低下していくことは見逃せない。今後、先進国は確実に弱まっていく。2030年頃には先進国と非先進国の力関係が逆転するであろうと言っています。これは前例なき覇権国家ゼロの時代ということで世界の次のリーダー国家がなくなってくると言う。中国、米国、EU 、ロシア、いろんなところ覇権国のような感じがしますがそういうもの一国で世界をリードする覇権国は消滅するであろう。その一方で国家でない団体やネットワークが国際社会での発言力を増すようになる 政府が独占していた情報がより民間の手に入りやすくなるためである。メガトレンドⅢ人口構成の変化2030年には世界人口が83億人になる見通しである。2017年が72億人ですから随分増えるわけです。同時に2030年に向け、世界人口の平均年齢が上昇します。ここでも日本の事を言っています ポスト成熟社会は日本とドイツであるが2030年には欧州で東アジアの大半の国がこのポスト成熟社会に入ってくる。ポスト成熟社会では経済成長が停滞しがちで、年金や社会保障制度の効率化を通じて労働人口の生活水準を下げずに高齢者を支えるという難しい問題のかじ取りが求められます。このような政治課題を先進国を中心に持つであろう。それから移民の問題もあり、日本もこの移民については考えざるを得ない時に来ているわけです。メガトレンドⅣ食料、水、エネルギーの問題食料、水、そして気象、特に気象変動が これが大きな要因になる可能性があります。人口が増えると食料、水、エネルギーが不足することになりますが2030年までには食糧需要が35%拡大する見込みである。しかし食料生産は減少になる。直近の10年間で1.1%減少するようである。さらにアメリカのトウモロコシなんかは石油の代わりに燃料に30から40%化けているようです。今後の気象変動の結果次第では乾燥地帯が増えて中東.北アフリカ、中央アジアの西部では乾燥地帯に入って食糧増産に非常な影響を受けるであろう。気候変動については非常に慎重に考えないといけないと言っています。将来人口の多い中国とか、インドの食料自給率に注目しておく必要がある。最近では中国、サウジアラビア、アラビア首長国などは積極的に国外の農地を買い上げて将来の食料不足に備える動きがあり、海外の土地を買っている。日本でも水源のところを抑えられているという話がないわけではない。そういった動きがもうすでに世界的に起こっているということです。アメリカのエレルギーについてはアメリカの専門家は石油はシエルオイル・ガス だとか、そういうものが増えて、まずまず30年ぐらいまでは問題はないだろうと見ております。失速する中国経済ここで触れておきたいことはやはり失速する中国ということで、高齢化の問題、現在65歳以上の人口比率が8%、2030年には16%になる。労働人口は直近の72%をピークに2030年には68%に落ちる。経済成長率の伸びの鈍化とともに国民1人当たりの収入の伸びも減速する。成長の鈍化とともに国民の不満が爆発する危険性が出ている。政情不安が広がると経済はうまくいかない可能性がある。インドの躍進。インドは15年から20年後に日本やドイツを抜き、中国、米国に次ぐ経済大国に成長すると思われる。2025年、中国とインドの経済力を合わせると世界経済の貢献度は米国とユーロ経済圏を合わせた規模の約2倍になる。中国、インドも国内の貧富の問題を抱えているがインドは民主主義が確立されているので大きな混乱はないであろうとレポートでは見ています。従ってこれからはインドが大きく発展するのではないかと思います。時間が来ました。ありがとうございました。